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2010.09.20

大掃除

きょうは、朝から家の大掃除。
別に大晦日ではありませんが、明日、鹿児島より住宅とクリニックを検討中の
施主の方が面談に来られるため、ついでに自宅の空間も見てもらうことにしました。

そのため、ボクは2階デッキの水盤の水の入れ替えとクリーニング。
40センチくらいの巾で建物の全面にわたりトップライトになっているガラスの上に
深さ4センチほどの水が張られている水盤です。
ガラスの上に沈んだ竹の葉をメッシュ状の網ですくい取ってから
デッキブラシで緑がかったコケを落とします。
デッキの下に入り込んでいる枯葉もデッキ間のすき間からホースを絞って勢いのある水で
排水溝まで動かし、だいぶ取りました。
次にガラスのクリーニング。ホースでガラス面を洗い、ワイパー状のへらで
水滴とともに汚れを落します。
腰が痛くなり、しばらく休憩。
次は、1階の浴室と洗面所のクリーニング。
洗面の床と浴室の浴槽の立ち上がりが20角のモザイクタイルになっており
そこの目地部分の汚れとカビにカビキラーを噴霧し、歯ブラシで落します。
そして、ステンレスの排水溝の掃除。
カガミや強化ガラス、洗面ボールの拭き掃除など
終ってみれば、腰が痛くヘロヘロになってしまいました。
妻は、各室の床の掃除機掛け、キッチン回りの片付けと整理、
収納扉の手掛かり部分の汚れ落とし、ダイニングテーブルの天板のクリーニング
トイレ掃除などなど。

やっとの思いで終え、敬老の日のため、次男を連れ三人でボクの実家へ。

お陰さまで家はピカピカ!

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2010.09.19

3年9組

昨日の中学の同窓会に続き、高校3年の思い出。

高校生活、最後の学年である3年に男女クラスへの最後の望みを託したものの
残念ながら、ボクは3年間男子クラスとなりました。

そのクラスは廊下の突当りにあるため、出入り口が1つしかなく
きっと、担任のO先生が逃げれないように考え、選んだ場所かもしれません。

担任のO先生は、元柔道のオリンピック候補選手だった人で
寝技が得意で高校の柔道部の顧問をされ、後に修猷が誇る名物教師の一人でした。
(高校卒業直後、先生が応援されている県議の選挙応援のため自宅に呼び出され、
葉書きへの宛名書きをしていた時、たまたま本棚に「いろんな体位」
という大人向けの本を見つけ、こげな本で寝技の研究でもしとちゃろうかと
ドキドキしたことがありました------。)

当時、先生がクラスの担任になると、
遅刻を3回以上もしくは親に成績表を見せなかったものは
罰として頭を丸刈りされることで生徒から恐れられていました。
一度、丸刈りされた生徒はもう髪がないから何もないだろうと安心していたところ
成績を親に見せなかったことが再度ばれて、まゆげを半分剃られた者がいました。
まゆげ半分のおとこ-----–。
(かれは、現在、福岡の大手デベロッパーの役員で今年の福岡県美しいまちづくり賞の
一般建築部門の施主側として表彰を受けていました。)
そんな恐怖のO先生が2年次に続き3年次も担任になったわけで
男女クラスになれることを夢見ていたボクにとっては、
たまらんくらい悪夢でした。

3年9組では新たに先生によりTくんが被害者となりました。
遅刻が3回以上になったらしく、部室に呼ばれ
オマエ!わかっとろうね!とバリカンを持って迫られ丸刈りに。
翌日の朝、いつもどおりバス停で待っていると、
その前をバイクでTくんが通り過ぎました。
「ん??あれっ!確かきのう丸坊主にされたはずなのに、
なんで髪が生えとうと-----—-??それもフサフサやん-----。」
クラスに行くと彼の回りをみんなが取り囲んでいました。

Tくん「オレくさー!髪が生えてくるまでかあちゃんのカツラば、かぶるけんネー!」

ひゃあー!!クリクリにカールの効いたかつらを彼は髪が生えるまで
本当に被り続けたのでした-----—-。
3年9組の名物男、誕生秘話、
そんなTくんは、今、メンタルクリニックを開院し豊富な経験を生かした
診療を行なっていると思います。

3年9組にもいろんな生徒がいました。
バレー部でギリシャ彫刻のような顔立ちでかっこ良かったY設計室の家原くん、
いつも陽気で明るかったちんどんやの林くん、バス停で待ち伏せレコードを
あこがれの〇〇さんに貸していた東野産婦人科の東野くんなどは淡い紅の物語。

3年9組も懐かしいけれど、やっぱり男女クラスになりたかった!-----—-。

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2010.09.18

中学の同窓会

きょうは、2年に1度行なわれている中学の同窓会に出席しました。
2年前は参加しなかったので出席は4年ぶりになります。
我々の百道中学は当時、クラス数が8組あり、
1クラス当たりの人数が38名くらいでした。

当時、うちのクラスの担任は英語のF先生で今日もお元気に参加されていましたが
もともと、生徒に強制することが嫌いな性格であったためか、
卒業写真という後々まで残ってしまう記念写真の撮影でも、
他のクラスはきちんと整列して写っているのに対し
唯一、先生も草履で芝生の上にあぐらをかいた状態で写られ、
生徒の自主性を尊重してかうちのクラスだけが
気ままに写った個性的な卒業写真になっています。
また、この日、写真撮影があることを知らされていなかった(と思うのですが)
ボクと自衛隊に行ったサックンは、白い長袖のワイシャツのまま
いつまで着続けれるか競争をしており、
全校男子生徒が白いカラーをきちんと詰め、黒の学生服で整然と写っているのに対し、
二人だけが違う服装で写り、
永遠に時が止まった状態で保存されていることは、
このクラスのいい加減さを知る思いで面白く感じます。

ウンチョ、フルッチョ、センパイ、ヨウカイ、タカブーなどなど
あだ名で呼ばれていた連中は、54歳の立派なオジサンになりました。
特にタカブーは、早稲田大学のロボット工学の教授で世界的な権威です。
手塚治虫の「鉄腕アトム」に描かれているロボット社会の到来を
実現させるような立場にいます。
今回の同窓会に東京からわざわざ来てくれました。

また、今回は来ていませんが、大阪でちんどんやをしている林幸次郎も
中学の同窓生です。林くんの人生はNHKドラマ「青空にちんどん」になりました。
かれとは高校の3年でも同じクラスになりますが、当時から斬新な絵を描いていました。
ボクと同じ芸工大を受けましたが、願いが叶わず、立命館大学に行ったのが
彼の運命を大きく変えることになりました。
芸工大に行っててもきっと何かで有名になっていたと思います。

中学の同窓会は、高校と違い様々な職種の人間がいるのが面白いところです。

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王さんのインターシップは、早いもので1ヶ月が経ち今日で最終日。
今日の夜は、フジヤマが用事があるため、昨日、王さんの送別会を焼き鳥屋さんで
行ないました。
この1ヶ月、どんなことをさせたら良いか間がもてないのではという不安が
ありましたが、終ってみれば、意外と早かったような気がします。
昨年の竣工物件の1年検査に施主の皆様のご了解を頂いた上で、王さんにも
立ち会ってもらい、日本の住まいを体感してもらったことに
改めて施主の方々への御礼を申し上げます。
本当にありがとうございました。
王さんにとって5件の住宅見学は、得がたい体験だったろうと思います。
また、王さんの誠実な人柄、奥ゆかしさ、上品さに対し
当アトリエの全員が非常に好印象を持ちました。
来週からもう来ないと思うと、何か心の中がぽっかりと空いた感じがして
寂しく思います。
帰り際、王さんの目にうっすらと涙が-----—-。
世界ウルルン滞在記の別れのシーンの情景が目に浮かびました。

彼女は19日に上海の実家にもどり1泊して翌日、エジンバラへ。
21日より学校が始まるそうです。

See you again!!

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2010.09.16

槙さんの一文

当アトリエにエジンバラ大学からインターシップで来ている王さんが
好きな建築家としてカルロ・スカルパを挙げたので
久しぶりにアトリエにある1985年のa+uのカルロ・スカルパの臨時増刊号を
見ていたら、建築家の槙文彦氏が一文を寄せられており、
スカルパについての本題に入る前の前文をちょっとご紹介。

古今東西を問わず、すぐれた建築作品について一般にいえることは、

それらの作品がつくられた時代に生きた多くの建築家、あるいは

建築家以外の人々が意識のうえで潜在的に表現したいと思っていながら

顕在化しえなかった「何もの」かを一撃のもとに露にする行為に他ならない。

建築の創造が発明ではなく、発見であるということは、

建築がつねに想像を超えたものを追求することではなく、

時代が共有する想像に応える文化的な行為であるからである。

槙さん57歳

カルロ・スカルパは、むかし好きな建築家の一人だったのですが
今、見てみるとそう思わなくなっている自分がいます。
たぶんそれは、空間が構成的ではなく、密度のあるディテールによって
造られているように見えるからかもしれません。

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