2010.11.16
洋画家 青木繁を偲ぶ会
明治浪漫主義を表現し、わずか28才で短い生涯を閉じた青木繁という
久留米出身の画家を知っていますでしょうか?
知らない方は、戦後画壇の巨匠で福岡県を代表する洋画家坂本繁二郎は知っていますか?
この二人は、同じ年に久留米で生まれ、知人でありゴッホとゴーギャンのように
天才同士のライバルでした。
堅実な坂本に対し破天荒な青木。
論理的な坂本に対し感覚的な青木。
写実重視の坂本に対し浪漫主義であり歌人でもあった青木。
夏目漱石にも認められ画壇において順調に評価される坂本に対し
認められず生活が荒れ放浪する青木。
すべてが真逆の関係ですが、建築で言えばイタリアバロックの巨匠
ベルニーニとボロミーニも同じような関係かもしれません。
きょうは、八女の岡山公園で行われたその青木繁を偲ぶ「紅櫨まつり」に出席しました。
ボクの母方の祖母の父親は八女で産科医だったらしくその妹が久留米の青木家に嫁ぎ
青木繁が生まれたとのことで祖母と青木はいとこ同士でした。
当時、青木は故郷でブラブラしていたことがあったらしく、
何度か祖母を描いてあげると言われたようですが、親戚の中でも変わり者で
個性の強かった青木に対し良いイメージを持っていなかったことから
祖母は生前、断ったことを後で後悔していましたが----------。
今回で9回目になる「紅櫨まつり」には、縁故者として
おととしくらいから母へ案内状が送られてくるようになり、
今回、高齢の母の代理としてはじめて出席しました。
坂本繁二郎に師事された画家の方より青木繁が「海の幸」を描いた経緯について
お話がありました。
東京芸大を卒業したばかりの青木繁は、恋人で画塾の生徒であった福田たねと
友人の坂本繁二郎らとともに千葉県南部の布良(めら)で研修を行った。
坂本は毎日の生活も几帳面で、朝早くより起床し、海岸に出てみると
浜で暗いうちから漁に出た漁師たちが上半身裸のふんどし姿で
魚を水揚げしていた姿が素晴らしく、
そのことを帰ってきて、
ルーズで遅く起きてゴロゴロしていた青木に
興奮してスケッチを見せながら話した。
すると青木は、その話を聞き絵の題材としてくれと言い、
坂本の話を聞いただけで想像しながら1週間で描きあげたのが「海の幸」である。
見たものを描くことを身上としている写実主義の坂本は
この絵を最後まで評価しなかったそうです。
など等、貴重な話を伺い帰ってきました。
来年は、青木繁没後100年で、久留米の石橋美術館で3月より
大規模な回顧展が予定されているそうです。
2010.11.14
高校の同窓会
昨日は、毎年行われている高校の同窓会に6年ぶりに出席しました。
今年3月の福岡県美しい街づくり賞の授賞式に同期の3名が選ばれ
高校の同窓有志によってささやかなお祝いの宴をしていただきましたが
それがきっかけで、数名の同級の女性にボクのブログを読んでいただいているようで
恐縮しました。
1次会は天神西通りに面するビルの地下にあるヒッコリーというイタリア料理の店。
西新よりバスに乗り西鉄グランドホテル前で降り、
若い人たちで賑わう西通りを歩いていくと、岩田屋前の広場にたくさんの群集が。
翌日の市長選投票への高島候補の最後のお願いが
異様な熱気と拍手のなか行われていました。
そこを横目に見ながら通り過ぎると、全体がガラスで覆われた中にルーバー状の板の間から
光が漏れている新しく出来た商業ビルがあり、
その前に多くの人々が列を作って並んでいました。
お店に到着して、先に来ていた同級生にそのビルが何なのか聞いてみると
アバクロが銀座に続き日本で2店目を福岡にオープンしたそうでその初日でした。
隣で聞いていた別の同級生のオジサンはアバクロのことを知らず、
「なにそれ?キャバクラ?」と言っていましたが-----—。
同窓会の始まりにまず物故者への黙祷。
53才から55才の450名の同級生でこれまで20名の方が亡くなりました。
人生は平坦ではなく、どんな人間にも乗り越えなければいけない壁がいくつもあり
僕らはこの世に生まれてきた使命として天寿をまっとうしなければなりません。
生きていくって大変だと年齢とともに最近思うようになりました。
同窓会では早速、浅田次郎の「蒼穹の昴」の話題が上がり、
原作を読んでいたとか、BSの吹き替えなしの放送を見たとか話しかけていただき
さすが、レベルが高い反応で冷や汗をかきました。
同窓会にはもちろんY設計の家原くん、竹中工務店設計部長の吉田くんも参加。
3年9組という題でこのブログで紹介した精神科医のTくん、
東野産婦人科の東野くんも参加。
大阪からは、一昨年、通産省の官僚から天下りせずに民間会社に転職したNくんも
来ていろいろと中央の話を聞きました。
2次会にも参加、余勢をかってその後、
3次会は川端商店街のT女史のビルにあるスナックでみんなとカラオケ。
カラオケなんて何十年ぶりに歌いました。
帰りは現福岡市長の吉田宏の選挙応援をされていた女性社長のIさんと
方向が同じでタクシーで帰宅。
車の中で今回の選挙の厳しさを少しばかり聞きました。
きょうは二日酔い、家でゴロゴロ。
2010.11.13
中国からの問い合わせ
中国の鄭州のデベロッパーなのかコンサルなのかわかりませんが
英文のメールで設計依頼の問い合わせがありました。
当アトリエについてINTERNATIONAL ARCHITECTの
websiteを見たと書いてありました。
インターネットで検索してみると当アトリエが手掛けたSOLIDという住宅が
ポルトガルのDARCO MAGAZINEという雑誌なのかネットなのか
わかりませんが掲載されており、上記の世界の建築家一覧の中に
アトリエ名がありクリックするとホームページに飛ぶようになっていました。
ところが、当アトリエからこのSOLIDの写真データを送ったこともなく
どうして掲載されているのかよくわかりません。
そのメールには、この番号に電話で連絡をして下さい。と書かれてありましたが
英語のメールで問い合わせてみると
今度は中国語で送られてきました。
取り敢えず、
インターネットの翻訳システムを使用してみましたが半分くらい理解でき
あと半分は理解できません。
それによると敷地が38000㎡、建物面積が95000㎡のホテルとオフィス、
商業施設を伴った複合施設のようで設計期間が6~8ヶ月、
中国で一緒にやりましょう!
と書いてあります。
ひゃー!!中華料理を食いに行くぞー!
中華料理!、中華料理!とアトリエで騒いでいました-----—-。
さらに翌日、今度は今後仕事を進めていくうえで中国語がわかる通訳が
必要なので商務担当の○○さんに連絡を下さいというメールが来ました。
とにかく、中国語がわかる人を紹介してもらうためいろいろなルートで連絡し、
再度翻訳してもらうとともに中国との設計経験がある組織設計事務所の
方からも貴重な意見を頂きました。
8月にインターシップで当アトリエにきた英国の王さんにも連絡を取り
上海にいる王さんのお父さんがどういう会社か調べてもいいという
段取りもメールで頂きました。
今の中国は、かつての高度成長時代の日本のように勢いがあり
アバウトさも寛大さも大陸的なのかもしれませんが
どこまで本気で現実的なのか異国の地では想像もつきません。
当アトリエの手掛けた物件を確認したいとありましたが、
それは当然の事で極めてまともなのですが、
それならばホームページを見ればどんな規模と用途のものを
設計しているのかすぐ判断できる事で
どこまで理解されているのかよくわかりません。
international architectには日本の著名な
建築家も多数掲載されており、当アトリエ以外にアプローチを
されている可能性は多いにあり、これをチャンスとして捕らえるのは
馬鹿っぽいのではとも考えてしまいます。
現地での設計体制や報酬、通訳など事前段階での契約についての知識と
それがわかる専門の方など小さなアトリエではとても対応ができない
難しさがあり、いろいろな人に迷惑をかけましたが
とにかく勉強になりました。
2010.11.09
NHKドラマ 蒼穹の昴
この度、作家の浅田次郎氏が「終わらざる夏」で毎日出版文化賞を受賞されましたが
ボクは、この方のエッセイが軽妙洒脱でとても好きでした。
以前インタビューで作家を志されたきっかけについて聞かれていましたが
「作家になろうと思ってなれるものではなく、書くことが大好きで作家になりました。」
と答えられていました。
確かに建築家も同じかもしれません。
建築家になろうと思ってはダメで建築の事が好きで好きでたまらなく好きだから、
その結果として建築家になるのかもしれません。
どういう職業おいても好きで楽しいと思うことが大切ですが、
誰もがそんなに恵まれているのかというと難しいところです。
ところで、浅田さんが書かれた「蒼穹の昴」が日曜日の夜の11時より放送されています。
先日、初めて観ましたが、とにかく衣装やインテリアの色彩が素晴らしく
このブログを読まれインテリアに興味のある方には是非、お勧めしたいと思いました。
清朝末期の宮廷の色彩がこんな色味とは思うぐらい美しく撮影されています。
日本と中国の合作で、中国の全面協力によりカメラワークも含め素晴らしい映像です。
西太后役には日本の田中裕子が演じ、歴史的背景を含め興味深いドラマです。
明日の4時より3日間、第5回から7回までNHKで再放送されますので
興味のある方は是非、ご覧になって下さい!
2010.11.07
伊都菜彩とオープンハウス

きょう日曜日は、夫婦それぞれの母を車に乗せ、ドライブを兼ねて
周船寺にある伊都菜彩という道の駅に行く企画をしていたのですが
ボクの母が、少しめまいがあるらしく、妻の母を乗せ3人で行って来ました。
伊都菜彩は全国に点在する道の駅の中で売り上げが一番だということのようで
いろんなところで名前を聞き、どんなところか興味を持って行きました。
西新の自宅を朝の10時に出発し、10時半ごろには到着しましたが
広い駐車場はすでに車がかなり留められ、中はたくさんの人々で賑わっていました。
糸島産の野菜、肉、魚や手作りにこだわった地産品が低価格で並べられており
日頃スーパーで買い物をされている女性にとってはわくわくするような場所らしく、
たまにはこのようなところに二人を連れ出すのは凄く良い企画だと
我ながら自画自賛!
その後、西新に戻って母を下ろし、行けなかったボクの母のところに
おみやげを持って行き、帰宅。
1時半より平野くんを誘い、妻と3人でプロトハウスプロデュースで
高木正三郎さん設計の「平屋のような家Ⅱ」のオープンハウスへ。
土地のレベル差を使い、4層のレベルを流れるように構成しながら
大きな片流れの1枚の屋根で包み込み1ボリュームでまとめられています。
在来木造であることを感じさせないような形態に驚かされるともに
新鮮な造形力を感じさせられます。
駐車スペースをくぐり、外部階段を少し上がると
中空ポリカボネートによってデザインされた建具により
アプローチ側に開いた土間スペースがあります。
ここの木製建具は上部のスペースの持ち出しにより雨が直接当たらないような
配慮がなされています。
土間スペースを横目に通り過ぎ、スロープ状の坂の途中にエントランスがあります。
玄関扉もポリカボネートによって覆われた木製建具で内部に蛍光灯が入れられています。
上部欄間も同じデザインでオープンにできるようになっています。
スロープ状の踏み込みを上がるとワンルームのパブリックスペース。
ここの開口部は採光と通風の機能が明快に分けられ、
片流れの屋根と高さ1750ミリの壁との間に設けられたFIXガラスを通し
水平方向の視界が広がります。
通風は道路側に持ち出されたスペースの床下開口により
風が流れるように工夫されています。
内部仕上げは高木さんが長年研究、工夫してこられたしっくいにより
天井、壁が仕上げられしっくいの微妙なつやによって
外部の光が滑るように入ってきます。
このフロアにサニタリーの水周りが取られており、
浴室はFRPで仕上げられ、上部はFIXガラスで光が入るように考慮されています。
また、このフロアより土間スペースにも降りられ回遊できます。
パブリックスペースよりさらに半階上がるとプライベートスペース。
パブリック側に設けられた低めの収納がクローゼットになっており
上部はパブリックとワンルームにつながっています。
したがって駐車スペースから土間スペース、パブリックスペース、
プライベートスペースの4つの空間がレベル差を持ちながら流動的に
つながっており、高い造形性と通風に対するディテール、
いたるところに見られるコストダウンを考慮しそれを逆手に取ったデザインなど
作り手の個性が存分に発揮された極めてクオリティーの高い住宅でした。
こちらの質問に対し丁寧に説明をして頂き、高木さんありがとうございました。





















