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きょう、日曜日は広川 M PROJECTの上棟式でスタッフのマツオさんと
午後2時20分にアトリエを出発。

天気予報ではくもりでしたが、晴れ渡り絶好の上棟式となりました。
下の写真は、奥の左側に折れ曲がり梁が段々下がってきているスペースが
車2台+バイク2台分のガレージになります。
手前は、施主の趣味室と寝室になっておりガラス張りの開口部を通して
ガレージ内の車を眺めることができるようになっています。
ガレージからは折れ曲がった形態の間にできた中庭へ車を出し
リビングからも眺めることができるようになっています。

これまで図面を通して描いていた空間の骨組みが立ち上がり
中に入れる体験は毎度のことですがとても感動します。

上棟すると早い段階で屋根材の色を決めなければいけないので
外壁の色見本と屋根材のガルバリウム鋼板を用意し組み合わせについて
施主に相談して決めました。

きょうは九州を代表する若手建築家と大阪の若手建築家との
公開ディスカッション(建築輿論)が福大で予定されているようで
スタッフのスミくんより明日、内容について聞こうと思っています。

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昨日は風が強く雨も降りとても寒い一日でした。

きょうは嘉麻 S PROJECTの現場。
八木山バイパスが不通かどうか確認、動いているとのこと。
市内は全く雪が降った気配もなく曇り空でしたが
都市高速に乗ると遠くの山々がうっすらと冬化粧したようになっているのが見えました。
八木山バイパスへ上がっていく途中の道路周辺は雪景色。

嘉麻 S PROJECTは外観北壁のガルバリウム鋼板の施工中で
妻側の松のパネリング材は全て貼り終えていました。

玄関扉はスチール扉の上にパネリング材を貼り、上の垂れ壁の木ボーダーと
合わせています。おおー!!ばっちり!さすが千葉工務店の大平さん!!

内部は梁間に木毛セメント板の素板を貼って少しワイルドな仕上げ。
東側正面開口部は香椎O PROJECTで考えた建築で作った十字フレームに
上部がデュオPG,下部がSAMOSの組み合わせ。 

現場での打ち合わせを終え、昼食に時々食べる近くの嘉穂ラーメンではなく
少し行った先のポンポン亭というところでみそラーメンを食べることに。

メニューを見てみるとみそラーメン650円の次に激辛みそラーメン680円という表示。

30円しかかわらないのであれば辛い方を食べみようと軽い気持ちで頼んだところ-----

なんだ!!こりゃあ!!

みそラーメンの上に唐辛子を刻んだものが山のように乗っているだけのもの
恐ろしいまでの激辛みそラーメンでした!!
スープを飲もうとしても唐辛子が入り込み辛くて飲めません。
かろうじて麺だけをすくい取るようにして食べましたが途中で止めました。

夜からポンポンが痛くなりました------恐るべしポンポン亭!!

“嘉麻 S PROJECT 現場” への2件の返信

  1. SECRET: 0
    PASS:
    大石さん!!
    土曜日??に来られてたんですか??
    仕事の都合とはいえ、お会い出来ずに残念です。
    ポンポン亭は辛党には支持されますが、常人の胃袋ではキツいでしょう。
    嘉麻はど田舎ですが、最近はおいしいところもありますよ!!
    次回お伝えいたします。

  2. SECRET: 0
    PASS:
    金曜日ですよ!
    次回はコンセント・スイッチの位置についての現地確認ですので
    食事どころの情報も含めよろしくお願い致します。

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ソチオリンピックの開会式を録画で拝見しました。
ロシアの歴史を少女のまなざしを通して俯瞰する一大絵巻で
さすがに大国として数多くの作家、音楽家、芸術家、科学者を輩出した国だけあって
国家としてのアイデンティティを感じさせる演出となっていました。
北京も素晴らしかったですがロンドンオリンピックの演出よりも
はるかに今回の方が芸術性を感じました。

ところで巨大な吊り下げられたオブジェが次々とスタジアム内を横へ移動していく様を観て
あれだけの大きなものを一体どこに収容しているのか気になりました。

今回のオリンピックはロシアが国家の威信をかけ、北京の4兆円を上回る五輪史上最高の
5兆円をかけたという説明でしたが、オリンピック会場の施設群の配置をみると
パビリオンのようなバラバラな配置計画でどうみても美しく感じません。
(計画によればオリンピック終了後F1サーキットになるそうでサーキットのルートに
邪魔にならないように配置せざるを得ないのかもしれません。)

この写真をよくみると右上にある建物がメインスタジアムで その左中心部に
聖火台があります。これまでのオリンピック会場と違い、
聖火台とスタジアムを切り離したのは初めてではないでしょうか。
開会式では男女2名の聖火ランナーが会場の外にある
聖火台に向けて走る中、両サイドに式の出演者たちが並び、
拍手で迎え送り出すシーンがあり
その背後に式に使われた巨大なオブジェ群が置いてあるのが見えました。

それを念頭にこのスタジアムの俯瞰写真を見てみるとスタジアムの両サイドに
大きく飛び出た箱のようなものがあり、これがたぶん格納庫になっていると推察できます。
そうやってみるとこの建物がシンボリックをメインとしたものではなく
内部の演出を重視した結果として出来ているように思えました。
(スタジアム右後ろにある巨大な三角屋根の倉庫も不細工ですが)

たぶんこれらの余計なものはオリンピック終了後、
撤去することを前提として作られたのだと思います。
(オリンピック終了後、サッカースタジアムになるそうです)
そう捉えるとロシア人は意外と合理的で現実的なんだと感じました。

ところで選手入場時の各国ユニフォームデザインについてネットで話題になっているようで
ぼくも選手入場を見ながら各国のユニフォームデザインを観て楽しんでました。
フランス—さすが!ジャケットのような上着との組み合わせ

アメリカ—-アメリカらしく明るくカジュアル!

そして日本は-----えっ!!—-ダサーーイイ!!

白と黒だけ、いまどき冬のゲレンデでこんなに寂しいかっこうで滑っている人などいません!
日本からは世界的に有名なファッションデザインナーが数多く輩出しながら
何故、こうなんでしょうかねえ------悔しい!!

さて6年後の東京オリンピックの演出は、だれが担当するでしょうか?
またユニフォームのデザインはどうするでしょうか?

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2014.02.07

建築スタディ

来週、上棟予定の広川 M PROJECTについて筑羽工務店のハタさんと
プレカットの打ち合わせを行っていましたが、
内部ヴォールト天井(アーチが連続したもの)を
軽量鉄骨天井下地ではなく木下地で行うことになりました。
屈折しながら連続するヴォールトの曲率を含め、4つの曲率が違うヴォールトの交叉部が
どのようになるのかスタディ模型を1/30で作ってみました。
この模型の左奥端部の先に3台収納の駐車スペースが折れ曲がってあり
そこは梁材のあらわしとなります。

交叉部にアーチを架け、そこへ木の野縁材を渡していけば、
曲率が違っても微妙な3次曲面によって面が連続していきます。

手前のヴォールトは屋根勾配に合わせ、天井が上がりながらのヴォールトになっており
スタディによって出来そうと思いました。

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全ろうの作曲家としてメディアに取り上げられていた佐村河内氏の
ゴーストライターの方の記者会見をネットで拝見しました。

ぼくらモノづくりを行っている立場として捉えた場合、
建築における建築家は、仕事を取ってくるプロデューサーの役割と
それを実現させるプレイヤーとしての役割の二つの役割をこなしており
相手にアピールする能力や建築の機能・デザインをまとめる能力
スケジュールを管理する能力、工事金額を詰める能力、施工を監理する能力など
オールラウンドプレイヤーとして多岐にわたる仕事をこなせる資質が必要になります。
それを経験を積みながらステップアップさせる努力が必要です。
また、一級建築士という資格はプロデューサーの役割は別として
それ以外の役割をこなせる能力があるということを証明するものとなっています。

ただ資格を持っていても仕事を取ってくる能力が不足している場合、
時に建築デザイナーという資格を持っていない人の下請けをしながら
フォローしている人もいます。
相手の書いたスケッチプランを構造を考慮しながらCADによって図面化し
建築基準法上問題ないかチェックをします。
また、いろいろなデザインについて施工者が施工できるようにディテールを
詰めたりします。

この部分においては、今回の佐村河内氏とゴーストライターの関係に
似ているように思いますが、モノづくりを結果として完成させるためには
常にイニシアティブを持っている人間が最後までその過程に関わることによって
完成度の高いモノが生み出されることになります。

今回の件は、企画書(コンセプト・デザイン)なるものが
プロデューサー的役割の佐村河内氏から出され
そのイメージに基づき作曲家が旋律(空間)を考え構成を行っていく作業をし
記譜化(図面化)をしているということですが
本来、全ろうが本物であった場合、どうやって出来上がったものの確認・調整・修正を
行うことができるのでしょうか?

普通に考えるとそう思ってしまうことも天才という言葉に惑わされたのかもしれません。
でもベートーベンが聴覚を失っても作曲活動ができたと言え
ほとんど実績のない彼が聴覚を失ってできるなどあり得ないと
今だと思ってしまいます。

また、企画書のみで旋律を考えないということを建築に置き換えると
空間を考えない建築デザイナーはあり得ず、
かれは音楽家ではなく音楽プロデューサーとしての立場をもっと自覚していれば
良かったのだと思います。

かれが全ろうであることをあくまで主張されるのであれば、作品の確認・調整・修正は
すべてゴーストライターに任せていたということになり
それはほとんど彼の作品として成立せず、
それを自分の作品だと偽っていた責任が出てきます。
また、作品の確認・調整・修正に関わり
ゴーストライターとの共同作品を主張されるのであれば
全ろうではないことの釈明をされるか
全ろうでありながらどのような方法で調整を行ったのか説明される必要があります。

どちらにせよマスメディアを巧妙に騙し利用して虚像を造り上げた点において
社会的責任は非常に大きく、毎日モノづくりに一生懸命真剣に取り組んでいる者にとって
全ろうかどうかという問題よりも作品との関わり方について強い憤りを感じます。

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