2011.12.07
フォルツア青木氏の還暦祝い

お祝い事が続いています。
きょうは建築プロデュース会社フォルツアの代表をされている青木氏の還暦を祝う式に
出席しました。
福岡の建築家たちのパトロン的存在で影響力のあるミスターフローリング代表の平安氏と
建築家の柳瀬、井本氏の3名が幹事で大名の華風福寿飯店で行われました。
日本設計、山下設計などの大手組織設計事務所の上の方や
大分、熊本から来られた建築家などを含め総勢50名近い集まりでした。
柳瀬、井本氏はフォルツア設立時に運営を巡り相談を受けられていたようですが
ボクは、途中から参加させて頂いてのお付き合いとなります。
年齢的には柳瀬、井本氏に次いで3番目に年長者となりました-----–。
はあ—いつのまにか上の方になってしまい嫌だなあと思うのですが
井本氏は俄然元気でオオイシ!80代が勝負だぜ!なんて言っています。
さすがです!!
でも昨今、年長者になるほど何かとスピーチを求められるのが苦手です。
青木さんなんか、ボクのことをよくぺらぺらしゃべると言われますが
壇上での祝辞や挨拶などは、また別の能力ではないでしょうか?
たぶん他人と違うことを言おうとして自意識が過剰になるからダメなんだと思います。
きょうも指名を受けたので、青木さんの功績の一つとして実績が少ない若手建築家に
積極的にチャンスを与えられていることについてなんとか話をさせて頂きました。
この写真で壇上に上がってお祝いのスピーチをしているのは
当アトリエの元スタッフの平野くんです。
一生懸命話していましたが
みなさん個性が強い方たちばかりで、かなりお酒がまわっており
うるさくて内容がよく聞き取りにくい状態だったのが少し残念でした。
2011.12.03
3年ぶりの結婚式
きょうは、筑羽工務店の社長である秦氏のご子息の結婚式に出席。
オジサンとしては、最近、結婚式に呼ばれる機会が少なくなり
3年ぶりの結婚式への出席でした。
筑羽工務店の秦さんには、これまでfabric wall residence,light box,light tube
5 courts residence,公園に向かって開け!の5件を施工して頂きました。

披露宴は最近、専門のウェディングホールで式も含め、
行なわれる方が増えたと思いますが
場所はホテルオークラという格式あるホテルで行われました。
ぼくらが若い時の頃は、一般的にホテルもしくは神社で式を挙げることがほとんどで
一部、ウェディング産業として全国的に展開されていた「玉姫殿」の挙式が
ゴンドラを使用した派手な演出などで有名でした。
ぼくたちは、西鉄グランドホテルで式を挙げましたが、同級生の井本氏などは
確か当時としては珍しい仏前か人前結婚式だったような記憶があります。
あの時、大阪から駆け付けた僕はニ次会で意識がなくなるほど酔っ払ってしまい
同級生たちが大石君が動けなくなっています!と実家に電話、
当時、若者向けのニッサンのシルビアに乗っていた父は、
状況を察知したうえで
大事にしている車の中がボクのゲロで汚されないように
車内を入念に新聞紙で敷き詰めて駆け付けたのでした-----–。
それ以降、同級生の間では父は、新聞紙を敷きつめたボンドカーで
駆け付けたおやじとして有名になりました-----–。
もう27年前のはなしですが、井本氏とはそれから紆余曲折を経ながら
友人として何とか付き合って頂いています------。
そんなことを走馬灯のように思い出しながらも
最近の結婚式がとても上品に洗練された演出がされていることに
社会がむかしに比べ成熟してきているように感じました。
一般論として、
にわか信者のように宗教を演出上のファッションとして捉えることは
いまの若い人たち以上に抵抗がありますが
結婚式を理念の延長として捉えるのか
人生における晴れ舞台として全てを許容し祝福するものとして
受け入れるのか、人はそれぞれであっていいと思います。
とにかく秦さん!素晴らしい披露宴でご子息のご結婚おめでとうございます!
ご子息は今田耕司にも似ていらっしゃいますが、柳瀬さんにも似ていると!思いました—-。
お嫁さんのウエディングドレスはシンプルでとても上品に見えました!
髪型も髪を上げられたシルエットが凄く素敵で美しく輝いて見えました。
2011.12.02
スタッフが休みのときは?
きょうはスタッフのフジヤマはセレクトホリデイで休み。
したがってボクは一人ぼっちですが、誰もいないのも何だか
独立した時のことを思い出し、新鮮な気分。
当時は、ずっと一人のためか独り言がいつの間にか増えていました。
元スタッフの平野くんも住まいと事務所を切り離し
大手門に晴れて6帖ほどのスペースの仕事場をもったようで
コンぺがダメだった次の日の今日などは、
ぶつぶつ言いいながら何をしているのだろうかと思ってしまいます。
でもきっと次へ向け頭を切り替えていることでしょう!
ボクはきょうの行動予定をメモに書き
朝より行動開始!とアトリエを出ようとしたところ
近くに来たので寄りましたということで筑羽工務店のハタさんが来所。
息子の結婚式への出席ありがとうございます、
よろしくお願いしますとのことでした。
明日、ホテルオークラで行われるハタさんの息子さんの結婚式に
仕事でよく一緒にやられている数名の建築家を招待されているようで
ボクも明日、出席することになっています。
息子さんにはこれまでお会いしたことはありませんが
父親の仕事上付き合いのある方としてご招待されているようで
久しぶりの結婚式への出席となります。
また、工務店の社長さんのご子息の式に招待されるというのは
初めての経験であり、とても光栄なことです。
その後、アトリエを出てオーダーキッチンのリブレに行き打ち合わせ。
近くのサンセルコにある名古屋モザイクに寄り、T PROJECTの外装材の検討、
さらに博多駅裏の3号線沿いにあるINAXのショールームで再び外装材の検討。
ショールームで偶然、エクスポジションの板野さんとワタリの川上くんに出会う。
川上くんと少し立ち話。
その後、福岡銀行室見支店に行って明日の結婚式のご祝儀のお金を新札に換えてもらい
さらにプラリバへ行き、ご祝儀用の封筒を購入してアトリエに戻る。
15時よりT PRPOJECTの空調システムの打ち合わせ。
好きな音楽を聴きながら、一人ぼっちを満喫!
アルフレックスのカタログを見ながら
フジヤマに渡す戸畑の住宅のリビングパースのイメージを固めながらスケッチ。
楽しいなあ♪♪ルンルン♪♪
たまに一人ぼっちは楽しいですが
ずっと一人ぼっちは寂しいです!
2011.12.01
残念でした-----
きょうは、朝一番でフジヤマとともに戸畑の住宅の打合せで北九州に。
車中、10時を過ぎても平野くんから携帯に連絡がないようで
コンペはダメだったような様子。
打合せを終え、帰りの車中、井本氏よりコンペ結果の問い合わせがあるものの
たぶんダメなようだと答え、誰になったのか平野くんに電話をかけてみる。
悔しくてかけにくかったのか、最優秀賞は坂茂さんで次点は遠藤秀平さんとのこと。
早速、井本氏にも連絡しました。
結局、設計案を選ぶコンペではなく、設計者を選ぶプロポーザルという立場においては
最も実績と経験のある坂さんが一番であり、次に公共の実績が増えている遠藤さんに
落ち着いたという無難な選考結果になったのではないでしょうか。
また、結果論として坂さんのプレゼがもっともプロポーザルという趣旨に沿った
ものであったように思います。
であれば最初から、指名によるプロポーザルコンペでも良かったのではないかという
気持ちになります。
坂さんの案はすべてこれまで経験しているものの代用が多く、
信頼性は高いものの建築的な新しさや面白さがあるとは思えませんでした。
シンプル過ぎる故、運営側の企画の面白さという仕掛けがないと
単なる箱の建物になってしまう可能性もあります。
一番の目玉である1階のフレキシブルな企画展示スペースの
都市に開かれた様々な提案は、マツダグミの松田くんの言葉を借りて言えば
都市型美術館として大きな都心に位置すれば、魅力的なものになるものの
大分という寂れた地方都市においての仕掛けは難しく、
都市型のコンセプトを持ってくることには懐疑的でした。
清松平設計共同体のプレゼンテーションそのものは、
清原君の元気な力のこもった説明も含め堂々としたものでした。
建築的構成においては、もっとも魅力的な案であり
地方の名もない彼らでもそういう力を持っているということを
たとえ経験不足であっても強くアピールできたことは、
我々地方で頑張っている建築家に対し勇気を与えてくれたと思います。
総工費80億円の建物をはじめてのコンペで取れるほど甘いものではなく
いろいろな反省点が見えたと思いますので
かれらには、これを良い経験としてもう一度早い段階で
別のコンペに再度臨んでもらいたいと思います。
また、このような若手の建築家たちや僕たちなどに希望の光を与えてくれるためにも
今後は、設計者を選ぶための実績重視のプロポーザルコンペではなく
設計案を選ぶコンペ方式の機会を是非作ってほしいと思います。
世の中が高齢化社会の到来と経済の停滞により保守化していくなか
新しいものがどんどん生まれるような活気のある日本に
もう一度なってほしいと願っています。
公開プレゼの様子は2日より2週間、インターネットにより公開されますので
県庁の県立美術館構想推進局のホームページをご覧下さい。
http://www.pref.oita.jp/soshiki/10950/bijutsukan-presenhearing.html
2011.11.30
大分県立美術館公開プレゼ見聞
きょうは、大分市のiichiko総合文化センターで行われました
大分県立美術館プロポーザルコンペの公開プレゼに傍聴者として行って来ました。
設計競技においては、
通常、設計案を選ぶコンペ方式と設計者を選ぶプロポーザル方式があり、
今回の大分県立美術館の設計競技は、プロポーザル方式としながら
個人設計事務所や実績が少ない設計事務所でも
参加できるように敷居を下げた公募条件において行われました。
1次審査により152者の公募案から書類審査によって選ばれた設計者は6名。
原 正二郎氏(株)環境・建築研究所(京都府)
遠藤秀平 氏 (株)遠藤秀平建築研究所(大阪府)
坂 茂 氏 (株)坂茂建築設計(東京都)
早草睦恵 氏 (株)セルスペース(東京都)
清原昌洋 氏 (株)清松平設計共同体
西田 司 氏 (株)ヘルム・オンデザインパートナーズ設計共同体(神奈川)
発表はくじ引きが行われ、下記の順となりました。
1、遠藤氏
2、原氏
3、清原氏
休憩
4、西田氏
5、坂氏
6、早草氏
事前の作戦では、やはり1番バッターというのは不利であり、最後も厳しく
4番がいいということでしたが、くじ運に恵まれ清松平は3番となりました。
トップバッターの遠藤さんは最近では公共建築も手掛けられるようになり
実績もこのメンバーの中でもある方だと思いましたが、
最初ということもあり時間内にプレゼが終わりませんでした。
コンセプトは大分らしい居場所を作るということで
3つのコンセプトを揚げられました。
1、成長する—-使い方が増える
2、四季を感じる—-外とつながる
3、五感の刺激-----いろいろな大きさの空間
筒の集積による構成により街とのつながりを作っていくというものでした。
2番目の原さんも3つのコンセプトを揚げられ、
1、美術館そのものが公園
2、すべてが展示空間
3、進化に対応する美術館
以上をベースに2階でつながるペデストリアンデッキから
2階部分に5つの箱の展示スペースを点在させながら、
庭園とミュージアムストリートを挟んでかなり具体的提案についての説明がありました。
前半の2案ともプロポーザルとはいえ、
展示方式を含めた技術的なことを含め詳細な説明があり、
そこまで詰める必要がいるのだろうかと若干の疑問。
もしくは、コンセプトが弱いためそういうことでカバーしているようにも思う—-。
いよいよ3番目は清松平。
ひらかれた美術館をテーマに12区画に分けられた展示スペースを地下1階に配置し、
それをアートポッドという四角錘状のシェル構造で
3層吹き抜けの展示空間及び構造体として
地上2階まで立ち上げていくことにより
粗密関係による公共空間のグラデーションを形成し、
交流と美術の接点を作ろうという提案。
休憩を挟み4番目は、
西田司さんとパートナーを組まれたお父さまヘルムの勝彦さんによるプレゼ。
カジュアルな美術館をコンセプトにまちに開かれたまちなか美術館を提案。
縁側空間としての美術館の開かれた仕掛けと奥座敷としての展示スペースをベースに
地域のなかで活動していく仕組みづくりの提案もありました。
5番目は真打登場というべきか、ポンピドー美術館を手掛けた実績を強調しながらの
坂茂氏のプレゼ。経験を踏まえた極めて現実的なアピール。
常設の展示スペース及び県民ギャラリーは3階に割り切ってあげ
企画展示スペースを1階に設け、フレキシブルな展示方法の提案と
開かれた美術館としてのガラスシャッターの提案による実績と
環境制御による省エネルギーに関する極めて技術的提案。
最後は、早草さん。
冒頭に3.11の震災を踏まえ、
公共は施設機能ともに市民の避難拠点であるべきとの説明があり
断面計画において想定しうる津波高さに対する施設の部門別レイアウトが示されました。
避難スペースを兼ねた積層するテラスの提案や
居間的展示空間とホワイトキューブと呼ぶ展示空間との対比とテラスとの組み合わせなどを
アピールされながら大分らしさのシンボルとしての竹素材についての様々な提案が
ありました。
以上、どの案においても開かれた美術館が大きなテーマになってはいますが
展示及び収蔵スペースを抱えながらの開き方については、
なかなか難しいところがあって開き方が中途半端になるなか
清松平の開き方のコンセプトは構成的であり、坂さんは技術的という
この2案が明快であるように思いました-----—-。
更なるコメントについては、いろいろあるのですが
明日10時に結果が発表されるそうで
明日のブログで述べさせて下さい。













