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2007.11.19

電球


事務所の天井に設置している、水を張ったトップライトを下から照らす
アッパーライトの球が切れていたので、昼休みに電気店に寄った所、
これまで、100Wのボール球に交換していたのが、
ナショナルから電球色で蛍光灯タイプのプレミアというのが出ており、
内容を読み、びっくりしました。
まず寿命が10000時間!
1日6時間毎日使用したとして4年半球替えが入りません!
さらに電気代は80%カット!!
電気代がもったいないといって照明を消されている皆様!
朗報です!もう心配されることはありませーーーん!
これまで電球色の蛍光灯は、所詮、蛍光灯に色がついたような違和感があり、
当アトリエが設計で間接照明を考慮して暖かさを求める時は、電球に近い色が出るkkニッポ
のものを使用しています。
今回、プレミアパルックを事務所で点けて見ると、昔よりは随分改善されていると思います。
今後、もっと小さな蛍光灯の球ができると、デザイン的にもコンパクトになり
より使い易くなるのですが。

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町田ひろ子インテリアコーディネーターアカデミーの福岡校が20周年を迎え、
記念パーティーが博多リバレインのアトリウムガーデンで行なわれ出席しました。

私が30才のときに、この学校の生徒だった妻の紹介で、建築技術を教える講師として
関わり、本業ではなかなか設計するチャンスがない住宅のプランニングの指導や
製図の基礎、木造の構造など自分自身が勉強しながらの12年間でした。

1年目は、昼の授業を大学の同級生で独立していたアトリエスクエアの大場君にお願いし、
夜のクラスを私が受け持ちました。
2年目に大場君が辞めたため、最初、同じ同級生の井本君に頼んだのですが、
自分が引き受けたら、むちゃくちゃになるからと断られ、初めて柳瀬真澄先生を
紹介してもらったのが長いお付き合いの始まりでした。
その後、クラスが増えるにつれ柳瀬さんの紹介で田中俊彰さんが入られ、
さらにNKSの末廣夫妻も講師になられて、本当に充実した講師陣だったと自負しています。

住宅を上からの目線で捉えるのではなく、住まい手の目線で捉えることについて
町田先生が信条とされている「はじめに暮らしありき」という姿勢は、大変勉強になり、
住宅建築における常識性というラインが理解できたことは、頭でっかちにならずに
良かったと思っています。

町田を通しての友人は、私たち夫婦の共通の財産であり、みんなと会って楽しく会話
することがもっともリラックスできるひと時です!
2次会では、柳瀬さんや田中さん、ミスターフローリングの平安さん、
コーディネーターの森山先生、その他多くのコーディネーターとして活躍されている
方たちと大いに盛り上がりました。

パーティーには、大分のアトリエラッツのスタッフの方が来られており、
建築の学生の時に町田に通われていたそうでびっくりしました。
ちなみにアトリエラッツの古後さんの呼び名は「CEO-シー・イー・オー」ではなく
「古後さん」だそうです!どうも遠くからお疲れ様でした。

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LEAF HOUSEの実施設計は、笠置とヒラノが各々2件の現場監理と
1件の基本計画で手が空かないため、私と藤山の二人でまとめています。
藤山は、まだアトリエに入って2年目で実施設計は今のところ勉強中で
描ける図面が限られています。
したがって、どうしても私が詳細な図面は作成しなければならず、
きつかー!!です。
期限は来週まででだんだん苦しくなってきました。
それにこのLEAF HOUSEの設計は複雑で大変難しく、頭が禿げそうです!
展開図から部屋の内観パースを起こし、藤山と空間の納まりについて
検討を重ね、やっと方針が決まりました。
方針というのは、ルールということで設計上のルールを見つければ
それを当てはめることによって、各々の納まりを決定していくことができ、
論理的説明が可能になります。
とても有意義なポイントで何だか得した気分になりました!

きょうは、午前中にLIGHT TUBEの施主ご夫妻にアトリエに来ていただき、
見積り中の実施設計図面の説明を行ないました。
見積書の提出は、来週です。
SWASTIKAに続き、笠置の意欲作です!さてどんな金額が出てくるでしょうか?

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突然、対馬の調剤薬局の地鎮祭が今日になったため、桜坂プロジェクト
の打ち合せが入っている私が対応できず、担当のヒラノに行ってもらいました。
神主さんの都合で朝の8時からということで、ヒラノは昨夜、午前12時発の
フェリーで行きました。
彼にとってはじめての泊まり(フェリーで)の出張です!
無事、代役が果たせたでしょうか?

私は午前中、寝ている時に思いついたHOUSE Kのスケッチを行ない、
1時半からの桜坂プロジェクトの準備は、笠置が用意して
打ち合わせに臨みました。
藤山は、リーフハウスの実施設計中で、ひたすら展開図を書いています。

桜坂プロジェクトは、今回、やっと建物のアウトラインと構成についてのOKが出ました!
コンセプトは、無数の壁の重なりによって、2棟の敷地区分をあいまいにするとともに
奥行き-陰影が出せればと考えています。
次は来週までに、プランの微調整を行ないながら、スタディー模型での形の検討を
行なう予定です。

打ち合せ後、笠置はアクロスの中にある建築センターに藤山が作成したLIGHT TUBEの
確認申請の打ち合わせに向かい、私は、プロトハウスからのご紹介で
土地の購入を検討されているYさんの候補地に再度確認に行きました。

ヒラノは対馬から夕方帰ってきて、息つく間もなく、6時より篠栗の家の前田建具
の前田さんと家具施工図の打ち合せ。
その後は、引き続きHOUSE Kのプラン検討を行ない、そろそろまとめに入って
もらわなければなりません。

スタッフが育っててきて、有機的に動けるようになり、とても助かります。

私の方は、夜はリーフハウスの部分詳細図のスケッチを行なうつもりです。

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2007.11.14

独立


設計事務所のスタッフとして日夜、研鑽を積まれておられる方たちへ
今回の日経アーキテクチャーは、独立を志向している人への
特集が組まれています。
このデータでは、ゼネコンの設計も含め独立を考えている人は、
6割近くいるそうです。意外と多いと思いました。
昔は、独立してもどのようにして仕事を取るのかとても難しく、
住宅の設計を依頼する施主を見つけることがほとんどわからない時代でした。
私は独立して13年目ですが、5年前までは住宅の設計は年に1~2件くらいしか
ありませんでした。
それに比べれば、今の人は本当に恵まれていると思います。
インターネットを含めた様々な情報媒体があるので仕事のチャンスが拡がっています。
ただ、ホームページを作ってもある程度の実績がないと仕事にはつながりにくく、
それまでどうやって実績をつくっていくかが、
独立してうまくいくかどうかのポイントだと思います。
私の場合、独立前の30才くらいからコーディネーターの学校の講師や、
マナースクールの講師をしていましたので人脈ができ、
38才での独立後、仕事の紹介があり大変助かりました。
独立を志向する人は、その前から人とのつながりを築いて
いける社交性を持っていないと難しいかもしれません。
独立の時期は、人それぞれに事情があると思いますが、設計事務所に入って
5年が目安で、遅くなるほど様々なしがらみが出てきて身軽さがなくなっていきます。
結婚も二人で働いてがんばっていけるのなら、ネットワークも2倍になり
かえって前向きにとらえることもできます。
これからのことをいろいろと考えて目的を持った上で動くことが必要です。

ところで、独立の特集以外に、先日亡くなられた黒川紀章氏の追想として
磯崎 新氏の文章が載せられています。黒川さんの事をもっとも客観的に捉えられて
おり、さすがだと思いました。是非、一読されることをお勧めします!

余談ですが、今から28年前、私が大阪事務所にいる頃、
黒川さんの大阪事務所にいる大学の先輩と飲むことがありました。
黒川事務所では、計画について必ず上京して黒川さんに確認しなければ
ならないらしく、先輩が担当していた住宅の庭の飛び石の配置をわからないだろう
ということで桂離宮のものにして見せたところ、
黒川さんが「君、桂離宮の飛び石はここが間違っているよ!」と指摘され
思わず冷や汗が出たという話を聞いたことがありました。
黒川さんでもしっかりと日本建築を学んでおられることに感心した思い出です。

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