2015.03.18
新規プロジェクトの役所回り
きょうは、朝から新規クライアントからご相談を受けている敷地の法的制約の確認のため
スタッフのマツオさんとともに朝倉市役所、土木事務所等を回りました。
その後、アトリエに戻り、今度は吉野ヶ里 I PROJECTの構造形式を鉄骨から木造へ
変更した図面渡しで佐賀へ。
昨日、日帰りで1日空けただけでいろいろと仕事がたまっており
帰ってからは、その対応に追われました。
2015.03.17
告別式で東京へ
先週土曜日の夜に以前勤めていた山田守建築事務所の先輩から連絡があり
独立までの16年間にわたりお世話になった山田達郎氏が亡くなられ、
17日に告別式があるとのことでした。
山田氏は先代の山田守の二男で東京工大を出られ、
東海大学の助教授をされていましたが、その後、事務所の後を継がれました。
当時、ボクは表現主義の山田守にあこがれ入社しましたが
達郎氏の作風は大学で指導を受けられた谷口吉郎氏の影響を強く受けており
また、山田守も後に日本における機能主義建築の先駆けとなる東京逓信病院などの
設計を通し変遷を経ながら日本武道館や京都タワーなど作家性の強い作品を
残されてました。
そうしたなか後を継がれての事務所の方向性については組織事務所としての体裁と
病院建築の合理性、氏独自の作家性の追求にあったと思います。
当時、怒られながらいろいろな事を教えて頂きましたが
桜の花びらを白い盃に浮かべた時の盃に映る桜の色が美しいんだと
おっしゃっていたことを思い出します。
また、なにかを表現しよう思うならばそれを表現できる技術を持たなければいけない
とも言われていました。
なかなか扱いにくいボクのようなスタッフに対し、寛容的であり
いま思えば、よく辞めさせなかったと思います。
結婚時は福岡事務所所長の計らいで仲人にもなって頂き
その後、次第にボクについての評価を見直され
独立時は、事務所に残れとも言ってくれました------。
告別式は東京、青山の隈研吾が設計した梅窓院においてご親族と事務所OBだけの
氏らしい上品で簡素なかたちで行われました。
久しぶりの東京でしたが、今回を利用していろいろと建築を見て回る気分にはなれず
日本橋のたいめいけんでハヤシライスを食べ、早々に福岡へ帰りました。
2015.03.16
冬の終わりの夕凪
2015.03.14
高宮 Y PROJECT 設計契約
2015.03.11
恐怖の肩こり
先週の金曜日あたりから、肩こりがひどく、
最近、睡眠不足でもないのになぜだろう?と考えていると
ここのところ、2~3日に1回ぐらいのペースで入院中の母を見舞っており—-
これまで霊的な体質としてどうやら頼られやすいタイプのためか
納骨堂や病院などのようなところに行くと時々、
翌日より胸全体が圧迫を受けているような状態で呼吸するのが大変だったり
ひどい肩こりだったりすることがありました。
特に胸苦しさは尋常ではなく、
理由がわからなかった頃は病院で精密検査を受けても異常が見つからず、
1週間ぐらい経過していつの間にかすーっと楽になることの繰り返しで
これは病気ではなく外的霊的要因であるのではと思うようになりました。
日曜日にウォーキングをすれば体調がよくなるだろうとやってみましたが
月曜日の肩こりはひどくて、仕事の合間に休息しないときついぐらいでした。
昨日の宴会は、体調が非常に悪い状態で頑張って行ったのですが
きょうは二日酔いながらひどかった肩こりが治っていました。
たぶん—-きっとたぶん—-あの宴会に来ていた誰かに乗り換えたのだろうと思います—
乗り移った人の候補として–フォルツアのアオキさーーん! イモトー! ヤナセさーん!
トミオカさーーん! オバタケくーん! 松井工務店のマツイさーん!
きっとこの6人のだれかあー!
肩こり大丈夫ですかあー!!
(タイプ的にはマツイさーん!!------)















