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2016.04.17

2つの地震

14日の21時26分、自宅にいたところ
突然、携帯が鳴りだし地震の緊急速報が-----。
これまでもたまに同じようなことがあったので
悠長に構えていたところ、激しい揺れに思わずテーブルの下に潜り込みました。
どこか遠くで大きな地震があったのではと思い
テレビをつけたところ熊本の益城町で震度7ということで急速に不安に------。
ボクが設計した住宅が熊本市内に3件あり
1件が中央区新屋敷、もう1件が東区京塚本町と御領
東区は益城町の西隣です。
早速、クライアントの携帯に連絡してみるものの不通でつながりません。
やむを得ず、メールを打ちました。

翌日、御領のクライアントからはメールで連絡があり
余震がひどいものの建物は大丈夫とのこと
京塚本町のクライアントとは携帯がつながり
物も飛び出さず、外壁、室内のひび割れもないということで安心しました。
最後に新屋敷とのクライアントとも携帯がつながり大丈夫とのこと。

取りあえず、良かったと安堵していたところ2日後の16日午前1時25分、
もうすでに眠っていたボクはけたたましい携帯の地震緊急速報に
たたき起こされ、その後、14日の地震より大きな揺れで揺さぶられました。
これで------余震?と思うほどで
その後、眠ろうとしましたが
何度も地震緊急速報のけたたましい音が鳴り、寝付けず
みなさん寝不足の方が多かったのでは------。
あの緊急速報の音は、まるで恐怖を煽るみたいでなんとかできないでしょうか?
きっとあの音を聞いただけで恐ろしく感じてしまう
トラウマになる方も多いのでは。

翌日の日曜日、朝からテレビをつけ、各局が伝える地震状況を確認していましたが
2回目の地震によって熊本地方が甚大な被害を受けていることがわかり
ネットで震源地を調べると、京塚本町はかなり近いようで
大丈夫なのか不安になっていたところ、
御領のクライアントから連絡が入り
建物の外壁は問題ないが室内の一部にひび割れが入り、
地震保険を使いたいということでした。
昨日は家の中にいるのが怖くて、車の中で過ごされたらしく
今回の地震が震度4クラスの余震が非常に多く、
住まわれている方々を不安にさせていることがよくわかりました。
京塚本町のクライアントには携帯がつながり、周りの住宅のブロック塀が
いたるところで倒れているが損傷を受けているような家はないということでした。
深夜の揺れは凄かったらしく、お隣も含め隣接する空き地にブルーシートを敷き
夜を明かされたということでした。
建物の内外部とも問題ないようで安心しました。

最後に新屋敷のクライアントへ携帯で連絡を取ったところ
寝室のタンスが倒れ、あと30cm近かったら大怪我になったとのこと。
2階テラスに出る外部木製建具のクレセントが1回目の地震でねじ曲がり
2回目で建具が動かなくなったということでした。
地震保険には入っていらっしゃらないようですが
もう外部木製建具はあきらめアルミ製建具に変更されたいということでした。

取りあえず、3件ともみなさんお怪我もなく、
建物も問題ないようで安心しましたが
どこも断水しており近くの給水所で水を確保されている状態で
生活することがしばらく大変な状況です。

交通状況が改善されれば建物の状態について確認に行こうと思っています。

      

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現在進行している甘木プロジェクトの見積もりが4日に出され
クライアントとの打ち合わせ予定日の9日までに
最速で3社の見積もり比較表と減額項目の作成、
見積もり落としなどのチェックを行い打ち合わせに臨みました。
したがってこの4日間はずっと見積書の査定を行っており
数量の確認や単価のチェックなど多岐に渡ります。

こういう時ってものづくりというより、
ものづくりを実現させるための全体的なコスト調整をやっている
プロデューサーのような役割で
設計という仕事はマルチプレイヤーとしての力量を
求められる難しさがあると思います。

きょうは、午後14時からの芦屋Y PROJECTの設計契約についての
事前打ち合わせで遠賀に向かい、
その後、近くの遠賀S PROJECTの現場へ。
さらに、高速を使って甘木へ行き、減額についてクライアントへ説明。
午後19時に甘木を出発、先月竣工した吉野ヶ里の住宅へ。
午後10時に帰社。
あわただしいながら1日の中で様々な仕事を行い
マルチプレイヤーとして動き回った1日でした。

    

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大学を卒業して新卒で入社された新人の方たちは
これから仕事を通し社会にもまれていくことになると思いますが、
建築の設計という仕事もどんなに大学で専門的なことを学んだとは言え
設計という実務における膨大な知識や経験を前にして
思わず立ちすくんでしまうことも
誰もが経験してきたことで
自分だけが思うことではありません。
そうしたなかで、新人に対してはまずは小さな仕事が与えられます。
かりにどんなに小さな仕事であっても
その範囲内において最善を尽くし、
与えられた仕事に対し責任を果たすことが求められます。
人は責任を持って仕事をすることで成長していきます。
小さな責任を積み重ねながら、より大きな責任を持つようになれなければ
最終的な独立というステップには到達できません。

だから与えられる小さな仕事一つ一つに最善を尽くそう!

(うちの田川さんはとても丁寧に責任をもって頑張ってくれています!)

     

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今日より4月。
当アトリエには、久しぶりに新卒の女性スタッフが出社。
田川 理香子さんと言います。
4年前はどうしても即戦力が必要で松尾さんと角くんに助けてもらい
今年は、何とか新卒を取ることにしました。
OBの有吉くんは新卒ではなく当アトリエに入ったので
新卒は藤山さん以来となり、実に10年ぶりとなります。

久しぶりなので新卒の扱い方を忘れたかも?
これから優しく厳しく育てようと思っていますが------。

        

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2016.03.26

母の1周忌

本日行われる母の1周忌に合わせ、
昨日金曜日に東京から長男と次男が帰省。
きょうは、東京から叔父夫婦と叔母が来福。
いったん宿泊先のシーホークにチェックイン
長男の運転で迎えに行き、糸島の霊園へお連れしました。
自宅へは亡き姉の長男が合流後、
我々は次男がカーシェアで借りた車に乗って霊園へ。

八女のお寺から住職に来ていただき、16時より母の1周忌の法要と
改葬を行いました。

その後、霊園のバスに乗り、家族墓がある海が見える高台へ。
無事、納骨も済ませました。

それから2台の車に分乗し、叔父夫婦と叔母をホテルへ送り届け
19時からホテル内の望海楼という中華料理のお店で会食。

なんとか改葬と1周忌を終わらせることができ肩の荷が下りました------。

次は3回忌!3回忌というのはまた来年ということらしく
1年後にまた法要を行わなければなりません。
叔父夫婦はともに81才、叔母は74才
叔父は高校時代、父が八女から呼び寄せ、
一時預かって福岡の高校へ通わせていた時期があり、
叔母は、しばらく父の自宅に同居しており
どちらもボクにとっては上の兄と姉のような存在で
懐かしい思い出がある特別な親族です。

3回忌の来年も元気でぜひ来てほしいと思っています。

きょうは遅くまで二人の息子たちから、いま付き合っている女性について
根掘り葉掘り問いただす。
どちらもバレンタインはもらったらしく、
長男はホワイトデーにお返しをしていないということで
妻から怒られていました-----—-。

    

     

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