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お盆休みが始まる日曜日に小学校の同窓会に出席。

 

今回で3回目の同窓会でボクは初めて出席しました。

小学校は父の転勤で3回の転校経験があり、福岡の西高宮小に4年

小倉の北方小に2年、そして福岡の西新小に1学期だけ。

 

実は西高宮小から北方小へ転校する際、同じクラスの女の子に

好きだった子の名前を教えるからボクが転校した後、伝えて欲しいと頼みました(それも3名も——)

基本的には奥手の筈なのによくもそんなことを言ったものだと

思うのですが——もう戻って来ないと思って伝えた筈の場所に

再び父の転勤で戻ることになり—–

 

ボクは恥ずかしくてどうしても元の学校へ行きたくないと理由を言わず父に訴えました。

 

困った父は、それならば仕方ないから百道中の校区内にある西新小へ越境通学させようということに。

 

それで小学6年生2学期の後半から西新小へ高宮からランドセルを背負い、

西鉄大牟田線に乗って天神で降り、市内電車に乗り換え西新まで通いました。

 

同窓会は1学期しか行っていないその西新小の集まりですが

ほとんどの連中が百道中に行ってるので、結果的には全員知り合いのようなものでした。

 

会が始まり、冒頭での挨拶や唯一出席された先生のお話などを緊張感もなく聴いていたところ突然、

司会役から突然「それでは乾杯の音頭を大石君に」といきなり振られびっくり!!

事前の打ち合わせもない指名で——頭の中が真っ白に——–。

 

この場合、あっさり堂々とありきたりの乾杯の音頭で済ませればよいものの、

何か別に話さなければと思うと益々しどろもどろになってお恥ずかしい乾杯の音頭となりました———。

 

最近、こういう事が実は正月明けのNKSアーキテクツの新年会でもありました。

3人の建築家がゲストとして呼ばれ自分の作品について紹介するという企画でプレゼをさせて頂いたのですが

自分の番が終わり、その後、調子よく飲んでいたところ、最後に突然、感想としての指名を受け——頭の中が真っ白に——。

話そうとしたところ次の言葉出て来ず、パスさせてもらいました。

 

我々の年代になると今後、こういう集まりでは常に備えておく必要があると痛感した次第——–。

 

 

 

 

 

 

 

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お盆明けの土曜日、まだ休みの方も多いと思いますが八幡の現場へ行って来ました。

 

お盆の最中にリビング・ダイニング・エントランス・廊下床の鏡面タイルの施工がされ、壁の塗り壁仕上げも完了。

だいぶ室内の感じがわかるようになってきました。

残りの工事は設備の器具付け、内部建具の建付け、造作家具の搬入、外構になります。

 

来月末に竣工の予定です。

 

ご夫婦のこの住宅に対するこだわりとしての合理性と徹底性には共鳴するところも多く勉強になります。

 

住宅とはあくまで住まい手側の個人的な嗜好で成立しているのが基本ですが、

その中で感性を確認しながら合理性の追求も行われており、

クライアントとの打ち合わせにおいて全てのものは道理で決定されています。

きょうのご夫婦とのやり取りの中で考え方や嗜好が同じ方向であることについて、

ご主人は自分はそう思っても迷いがある場合もあるけれども妻の度胸で背中を押されていると言われていました。

道理の積み上げ以外に実は「度胸」というものも必要なのかもしれません。

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夏の有料制行事企画として定着した百道浜花火大会(ファンタジア)も今年で3回目となり、

当初は8月7日に予定されていましたが台風8号の影響で事前準備ができず、8日へ1日延期となりました。

 

7日の夕方にウオーキングで百道浜を通ったところ翌日の開催に向けて

テント小屋、タワー、ブロック別縄張り、椅子席の配置等、係の方たちによる準備がされていました。

 

8日当日、今年は予約もしておらず、ウオーキングの時間をいつもよりずらして7時15分ごろ自宅を出発。

室見大橋から花火を少しばかりタダ見できるかもと思っていました。

まだ空はいくぶんか明るく、暮れかかった中、夕焼けが残っていましたが7時半過ぎから

中央区や城南区の方でゴロゴロと雷が鳴り出しそちらの空には真っ黒な雲より稲妻が走っているのが見えました。

その時 、花火大会の開始を告げる花火が高々と上がりました。

 

周辺の道路はタダ見で場所を確保しようと急いでいる人々や車の渋滞でごった返しており、

警察官が総出で交通誘導を行っていました。

浴衣着のカップルや家族連れなど凄い人数の人々が会場の方へ向かう中、

あーこれはヤバい!いつか雨が降り出すと思い群衆の中を急ぎ足で逆行し自宅へ向かいました。

 

8時前に自宅に戻り、シャワーを浴び2階に上がると雷による雨がザーッと降り出しました。

 

2階ダイニングの北側ロールスクリーンを上げると向かいのマンション越しに雷雨の中、

ドーンと上がった花火の一部が見え、ゴロゴロ—-ピカッ!!ドドーーンと地響きがする雷との競演!!

 

ヒュルヒュルドーン!!ゴロゴロピカッ!!ドドーン!!、

ヒュルヒュルドーン!!ゴロゴロピカッ!!ドドーン!!

 

こんな中で花火を上げるのも凄いと思いながら、浴衣着のカップルや家族連れのみなさん等

突然の雷雨でどうされているのか、よりによって花火の時間に合わせたような不運な雷雨で

現場は大変だろうと思いました。

 

8時15分ごろには花火の音が聞こえなくなり、ネットで確認してみると中止の案内が。

 

天気は30分ごろには回復し空には月が出ていました。

 

今日、雨が降ったのはこの時間だけ。30分ずれていれば何も問題なかったのですが

ほんとにツイていない花火大会でした——-。

 

 

 

 

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ホイットニー美術館より隣接するグリニッジビレッジの地区へ

 

グリニッジビレッジ

グリニッジビレッジに入ると高層ビル群がマス目上に並ぶミドルタウンとは様相が一変、街区の単位が小さくなり建物の高さが5階建てぐらいにスケールダウン、道路には大きな街路樹が並ぶヒューマンスケールの街へと変化、天気も良く歩き回ることがとても楽しい雰囲気です。

 

 

(マンハッタン内のグリニッジビレッジに1戸建てで住んでいるということはかなり裕福なんだろうと思いますが、仰々しくない都市生活におけるさりげないかっこよさを感じます。)

 

 

(ポケットパーク)

 

 

(児童公園)

 

ワシントンスクエア

 

ワシントンスクエア周辺にはNYUというパープルの旗が下げられている建物が至る所で目に入ります。NYUはニューヨーク大学の略称で都市大学らしくキャンパスが分散しています。

ニューヨークの初日に迎えに来てくれたリキ君を紹介してくれた保育園時代から家族ぐるみで付き合いのあるT家のご主人の出身校で何かとても身近に感じ親近感を持ちました 。何らかのつながりの有無によってこうも捉え方が違うとは人間って面白いなあと感じる。

さてここからさらに南下して紅茶専門店で有名なHarney&Sonsへ向かう。

 

Harney&Sons

 

 

(紅茶より日本茶の方が高い!)

以前ニューヨークへ行ってこられた方よりここの紅茶をプレゼントされとても美味しかったので寄ることにしました。

この店とトレダージョーズ(スーパーマーケット)で妻の買い物に付き合いホテルに戻りました。

 

(Uホテルフィフスアベニューの室内、ベッドが狭くこれで1泊3万円!新婚時代のように寄せ合って寝るしかありません!)

 

 

(事務所ビルをホテルに改造したためか変な位置にエアコンが設置されています)

 

 

(洗面にはシャワールームのみで歯ブラシも歯磨き粉もなし、日本のホテルのようにきめ細やかで至れり尽くせりとは反対で立地性だけは凄く助かりました)

フィットネスバンドを確認すると今日は17kmを走破。ホテルで少し休息の後、アメリカの最後の夜はすぐ裏にあるステーキハウスで食事をすることに。

 

 

何とか目標をクリアし無時終わったことに感謝。

これまでの旅の中でもっとも充実していたように思う。

それがどういう理由なのかわかりませんが——-。

この久しぶりに感じた新鮮な気持ちを忘れないためにも、今回はブログに詳細に渡り残そうと思いました。

また、日常の徒然を語るブログへ戻りますが、これからも引き続きよろしくお願いします。

 

 

 

 

 

 

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ベッセルを後にして再びハイラインに戻り、終点のホイットニー美術館を目指す。

 

再びハイライン

 

 

 

 

都市の中心部において車や自転車、信号を気にせず緑の中を歩ける自由とは実に気持ち良いものです。

 

 

 

 

 

 

 

 

設計に再びディラー&スコフィディオ+レンフロの名前が、確かニューヨーク近代美術館(MOMA)の現在行われている増築も彼らの設計で最近、かなり著名な物件を手掛けています。

 

ホイットニー美術館(2015年)

 

 

ホイットニー美術館は以前別の敷地にマルセル・ブロイヤーによる設計で建てられ、今回、新規でハドソンリバー沿いの敷地にレンゾ・ピアノによる設計で建て替えられたものです。

マルセル・ブロイヤーと言えば、バウハウスでのパイプ椅子のデザインで有名です。彼もユダヤ人であったためアメリカにドイツから亡命した建築家のひとりです。

そのホイットニー美術館ですが、レンゾ・ピアノによる設計にしては美しくなく、入場料を払って見る気がせず、入口まわりのアートショップでボールペンだけ記念に買いました。

 

 

 

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