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3月からいくつかのプロジェクトのスケジュールがずれ込み仕事が空いたこともあり
ネットでコンペ情報を検索して下記コンペに応募登録期限ぎりぎりの
4月15日に申し込みました。
応募制限がなく内容も複雑ではないためかメールで返送されてきた
受理番号によれば応募登録数は600を越えていると思います。

提出期限は5月15日で途中、台湾ツアーもあるなか先週までにほぼプランをまとめ
今週からはさらに調整、レアウト及び文面の検討、模型やパースの作業に入ります。

コンペは田川こども園に続きまだ2回目ですが、前回の反省を踏まえ
プレゼンテーションの表現について趣がありながらインパクトのある内容となるよう
アトリエ内でスタッフとディスカッションしています。

テーマ
これからの和×モダン住宅

主旨
東日本ハウスは、日本の気候・風土になじむ木の家にこだわってきました。特に檜は粘り強く狂いも少なく、伐採後も強度が増し続けるという驚異的な性質を持っています。この檜を、通常より太めの4寸柱に使用し、3代先まで受け継がれる100年住宅を提供しています。さらにメーターモジュールの採用や、業界に先駆けた太陽光発電システムの標準搭載、環境に向けた取組など、これからの時代のための進化も続けています。そんな「和」の伝統と「モダン」の発想をさらに進化させた、これからの「和×モダン」の住まいを募集します。

設計条件
●敷地想定:195㎡(接道15m×奥行13m)南道路幅員6m 周辺は住宅地
      現在は更地だが今後住宅の建設が見込まれる平坦な土地
●条件:木造2階建(在来軸組工法)、4寸柱、延床面積100〜200㎡程度、南側玄関、家族4人想定、メーターモジュール、太陽光パネル4KW程度搭載、1台以上が駐車できるスペース
気候風土に配慮するとともに、長期耐用を考慮する。(建築場所は応募者設定)
外構計画も含めた提案とする

提出物
A2サイズ(420mm×594mm)のケント紙あるいはそれに類する厚紙で片面横使い1枚に収めること。表現方法は、青焼き、鉛筆、インキング、着色、写真貼付、プリントアウトなどいずれも自由。模型等を貼り付けるなどの立体的なものやパネル化は不可。
●必要図面:配置図、平面図、立面図、断面図、その他必要図面
      縮尺は1/50または1/100
●図面の裏面に氏名及び応募番号(応募登録時に電子メールにて返信致します)明記。
●作品は、未発表のものとします。
●最優秀賞、優秀賞、入選につきましてはCADデータをいただく場合があります。

応募資格
どなたでも応募できます。

審査
審査員にて厳正に審査・選出し審査終了後入賞者には速やかにご連絡します。
審査結果の発表は当社HPにて掲載いたします。

表彰
●最優秀賞(1点) 300万円
●優秀賞(2点) 各200万円
●入選(2点) 各20万円
※各賞後の商品化に係る、設計業務の役割分担・期限等については、別途協議のうえ、定めるものとします。

著作権など
●応募作品の著作権は、応募者に帰属しますが、入賞作品の発表、二次使用に関する権利は主催者が有します。
●入賞作品については商品化を予定しており、応募者はこのことに同意し、入賞後には商品化業務に協力するものとします。
●応募作品は返却しません。

日程
●応募登録:平成26年3月1日~平成26年4月15日まで
●応募締切:平成26年5月15日当日消印有効
●審査結果発表:平成26年5月末日予定

主催者
東日本ハウス株式会社

審査委員(敬称略)
審査委員長:堀部安嗣(堀部安嗣建築設計事務所 京都造形芸術大学大学院教授)
審査員:大橋好光(東京都市大学工学部建築学科教授)
    金子尚志(エステック計画研究所 取締役)

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広川の現場は一つながりに連続する空間を高さによる拡がりと低さによる落ち着きという
相矛盾する捉え方を感じさせるためにヴォールトというアーチが連続する天井にしており
当初、設計では軽量鉄骨天井下地でみていましたが、筑羽工務店のハタ氏の提案で
大工さんによる木下地で行っています。
この方法での施工を見てみると確かにこちらの方がやりやすいと思いました。
建物は5つの細長い箱が繋がっており、それぞれの箱の巾、高さが違うため
ヴォールトの交叉部に野縁を受ける合板によるリブをセッティングして
それを野縁で結んでいけば一見ヴォールト天井のように見えながら
わずかながら三次曲面による天井となっています。

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きょうは午後7時より第2回建築勉強会のプレゼンテーションを
リズムデザインの井手健一郎くんが行ないました。

沖縄で建てた住宅「HOUSE IN TOMIGUSUKU」について
沖縄の風土、伝統的建築様式、現代の状況などを分析しながら
新しい沖縄の建築としての在り方を伺いました。

以前から建築という行為はクライアントに対する翻訳作業というポリシーを持たれ
今回においても開口部と気候(気温、風速、湿度)との関係性について
世界中の気候の中から沖縄の気候と近いところを取り出しそこの開口部の在り方
について分析を行ったということでした。

物事を常に客観的に捉え分析的にアプローチするという方法論は理解できますが
果たしてほんとうに客観的だろうか?という疑問が生じます。
「客観的」の意味を辞書で調べると
( 個々の主観の恣意(しい)を離れて,普遍妥当性をもっているさま)という意味です。
分析的アプローチで言えば、開口部と気候との関係性も
それが一面のみの取り出しであるならば恣意的選択となり
すでに客観的であることが疑わしくなってきます。
開口部の成立は気候だけではなく社会文化、習慣、生活様式が絡んでおり
気候との関係だけで論ずるのは無理であり、そこをさらに分析することは
1プロジェクトの領域を越え学問の範囲に入るのではないでしょうか。

したがって分析的アプローチを強調されるほどぼくには何か
本質からそれた修辞に感じるのですが-----–。

というのもその結果としての開口部の大きさ、腰の高さなどについて
それがどのように反映されているのかの説明が十分ではなくわかりません。
沖縄の伝統建築が台風に備え敷地周囲に石垣を張り巡らせていることから
外部に対しスケルトンとしてのコンクリート造の外壁を造り
内部に木造のインフィルを設定したことが
新しい沖縄の建築としての伝統に対する解釈ということのようですが
コンクリートのスケルトンと木造のインフィルは目新しいことではなく
混構造として昔から行われています。
そこでどういう部分が新たな切り口での沖縄建築の新しい在り方なのかが
ボクにはわかりませんでした。

また今回の話において建物の形式性という言葉が上がりましたが
(ボクは形式という言葉は個人的に苦手です)
形式とは辞書で確認すると「認識の普遍妥当性を認識形式に関して吟味する立場。
美学で、感覚的要素の意義を否定し、形式に美の原理を認める立場。」と書いてあり
井手くんにおいては形式を分析的アプローチの結果、
現代沖縄建築に対する普遍性を持ったものとして
意味づけられているように感じます。

形式という言葉において建築家の千葉学氏は「そこにしかない形式」という文章で
「特異なプログラムと特徴的な場所から生み出された建築は、
もちろん特殊解のひとつである。
でも、その特殊解をつくることの中に、何らかのルールを見つけたいと。
どこか普遍性を持った形式であって欲しい」と述べられており
そのルールを見つけ出す作業に個人の直感が働くことは
創造的思考を行っている者にとってアナログ的人間性が現れる部分であり
形式についての解釈も様々な見方があると言うことができます。
形式をルールを見つけることの結果という表現ならば賛成なのですが------。

また、建築の自由さという問題------
建築の自由さを求めて空間が均質的プランになってしまうことに対し
デザインとは自由に選べる場を作ることであり、
僕らは場を作らなければいけないという反論—-など。

自由と均質性についていろいろと考えさせられる言葉が上がり、
とても面白いと思いました。

1回目のボクのプレゼ時に彼は東京の建築家が概念性ばかりを求めており
自分は理想的には概念性と物質性の両方を求めたいと言われていましたが
予算が厳しい場合そのどちらを取るの?と聞き返すと
物質性という返事が返ってきました。
彼は概念性を重んじる建築家と思っていたので意外に思いました。
東京の建築家たちとの交流を通し物の見方の視野が広い結果
井手君のなかでもいろいろな思考をしながら試行錯誤を繰り返されているのだと思います。

それをきっかけにボクも概念性と物質性について考えるようになりましたが
井手くんは高い感性の持ち主ですから
もっと直感と分析的アプローチを組み合わせた方向で
進めて行っていいと思うのですが-----。
又は自分の感性を通した直感なるものをむしろ語ってくれた方が
より本質が見えてくるような気がします。

勉強会では住宅としての質に対する評価は高く
個人の思いとは裏腹に分析的アプローチという方法論の内容に対する疑問を感じた方が
多かったのではないでしょうか。

分析の過程を数多く見せることより、
結果の伴わない(または関連付けが説明しづらい)過程を削り、
もっと整理された結果の伴う過程について相互の関係を詳しく語って頂けると
よりわかりやすくなったかもしれません。

—それにしても1回目のボクの時は、
スタッフ全員から感想を聞くような設定で20人ぐらいから集中攻撃を浴びましたが
今回は代表だけが発言するだけでやり方が違ってました-----ズルーーーイ!!
全員に発言させるべし!!

次回、第3回は6月27日でNKSアーキテクツの末廣香織さんです。

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その後、台湾桃園国際空港へ
出入国審査を通過後、皆さん各自、免税品店売り場で買い物。
買い物を終え、ブラブラと出発ゲートへと向かう------。
-----そういえば、団紀彦氏が設計した空港の第1ターミナルはどこにあったのだろうか?と
思っていると通路のガラス越しにそれらしい建物が見えてきました。
この先で繋がっているようで出発時間まで少しあるので早速、行ってみることに。

ぎりぎりで最後に目標の建物を見ることができました。
日月潭風景管理処のコンクリートによる塊のようなものに対し
こちらは鉄骨の線材を生かした大屋根が架けられた空間になっており
団氏の繊細な感性が表現されていました。

今回の旅を通し感じたのは、日本でのバブル以降失われた20年の間に
世界の国々の公共施設は建築デザインを発展・充実させていることで
改めてバブルの後遺症は大きいと思いました。
台中市の人口は260万人程で大阪が同規模で横浜は370万人ぐらいです。
台湾のGDPは日本の1/10程度(一人当たりGDPでは1/1.8)であるにも関わらず
大阪と同規模の人口がある台中市においてはオペラハウスを建てたり
国際コンペにおいて藤本壮介氏設計により台湾タワーの建設も始まる予定で
日本の現状と比較すると、何故そんなにお金があるのか不思議に感じてしまいます。
台中市内の新規で建てられたマンションは福岡でみるマンションよりはるかに
デザインが良く、また市内のいたるところで見かけた低層のモダンな建物は
建設会社のオフィスで日本の都市と比較するとこちらが後進国のように見えてしまいます。
日本という国は政策において実は社会主義に近く、
富が比較的全体に配分され貧富の差が少ないためなのか
それともほとんどの利益を企業が内部留保金として貯め込んでいるためなのか
世界第3位の経済大国と言われている割には
日本の都市が海外の都市と比べ、貧相に見えてしまうのは悔しく感じます。
急速な高齢化社会の到来とバブル以降のデフレによって
ダイナミズムが無くなり社会全体が矮小化してしまっているのかもしれません。
とは言え、無駄な箱もの建築を建て続け、必要のない空港を造るなど
過去が良かったとは全く思いませんが、
日本の役人はお金の使い方がうまくないように思います。
知識人としての文化・芸術・建築に対する理解が
海外の知識人に対し素養として少ない結果ではないかと思ってしまいます。

------おわり。

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台湾大学を後にして昼食まで少し時間があるので
日本統治時代の台湾総督府(現台湾国会議事堂)へ行くことに。

実は台湾総督府の左手前には日本統治時代に台北高女と呼ばれた女学校があり
(現台北市立第一高級中学—-台湾では有名な女学校となっているようです)
ボクの母は、台湾で生まれ台北高女での前半を寄宿舎で過ごしたことがあり
母にとってはとても懐かしい場所でした。

16年前に、母と亡くなった姉、我々夫婦で台湾に行き、
母をこの学校に連れて行ってあげたことがあります。
統治時代の卒業生たちが日本から数多く訪れるようで、
守衛さんに通して頂き中に入ることができました。
バスがその学校の前を通り過ぎる際に
あの時の蒸し暑かった思い出が湧き上がりました-----。
(それにしてもその2年後に50歳で姉が逝ってしまうとは-----–)

母は高女での後半を家が近くに引っ越してきたこともあり
学校へ歩いて通ったということでしたが、その場所について日本時代の町名が
現在の台北市内の一体どのあたりなのか資料が無く困りました。
幸い、福岡市図書館で尋ねてみると町名がわかる地図が残っており
それを頼りに母と一緒にその当たりを歩いたことがありました。
台湾は日本の海外の統治国のなかで唯一、戦火を免れ
悲惨な目に会っていない(私財は全て没収されましたが-----)ためか
台湾からの引揚者にとっては懐かしい思い出の場所となっているようです。 

そのためか台湾はボクにとっても母の故郷であり特別な思いがあります。

車窓から台北市内の通りを眺めていると緑溢れる街並みで
南国の強い陽射しを浴び街並みがキラキラと輝いて見えます-----—-そういえば
台中市内の至るところでアメリカの建築家であるリチャード・マイヤーの写真が
看板になっておりびっくりしました。こちらで高級マンションを手掛けられているようです。
その他にもイギリスの建築家であるリチャード・ロジャースの写真もありました。
みんなで伊東さんもあるかもしれないねえと言っていたら
台北市内で伊東さんもありました!(高層ビルの設計をされているようです)
日本では建築家の写真が宣伝用の看板になるなど考えられないことですが
台湾の方たちは意識が高いのでしょうか?

台北市内のタクシーはトヨタカムリのハイブリッド新車が走っているのをよく見かけましたが
どれもピカピカで手入れが十分に行き届いているように見えました。

昼食は小籠包で有名な鼎泰豐に行きました。
鼎泰豐は日本でも出店されており東京や福岡にもありますが
台湾のほうがおいしいということのようでした。


店内は早口の中国語が飛び交うなか満席で賑わっており、次々と料理が運ばれてきます。

厨房内は慌ただしい活気さの中で働くたくさんの料理人たちで溢れていましたが
凄い忙しさにも関わらず、給仕の女性スタッフの方々の心遣いが行き届いており
感心しました。

ジャー―ン!!この小籠包をレンゲに取り、皮を箸でつついて中の肉汁を出し
その上に小皿に用意された酢醤油がかかった刻み生姜を載せ
アツアツの汁を口に含みながら食べます!!—-ああうまい!!
—-書いていて思わずつばが出てきました!

次はえびシューマイ!!—-ああ—しあわせェー!-----続く-----–。

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