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中部・北陸ツアーもいよいよ最終日。
金沢という場所は、加賀100万石と言われるほど大きな藩があったところですが
京都の北側に位置し、都の影響が色濃く感じられます。
日本の伝統的文化において、金沢は武家文化がベースとなっているためか
きらびやかな派手さがあり、バロック的な雰囲気を感じます。
バロックをいい意味で言えば、
官能的であり変幻自在、
悪い意味で言えば
日本文化のわび、さびとは違う雅な世界、やり過ぎとも言えます。
あくまで個人的な感想です。

むかし、インテリアコーディネーターの講師をしていた頃、
毎年、全国の各学校から選ばれた生徒たちが集まり、
ナンバー1を決める行事が行われていましたが、
金沢校から選出された生徒の提案は
どんな物件でも決まってたたみ敷きの空間の提案で
世の中がどんなにモダン志向や西洋かぶれであっても
変わることのない普遍的で絶対的な伝統志向だった印象を持っていました。

そんな印象だった金沢に
今から12年前に妹島和世氏による21世紀美術館がオープンし
全国的に話題を集め、今も超人気美術館となっているようで
本来ならもっと早々に見学に行かなければならないものを
そのままになっていました。
おそらく建築を志し、デザインと計画を志向しているものにとって
21世紀美術館を観ていないということは、チョー恥ずかしいことなのです-----。

今回の旅の最終目的地の目玉としてこの21世紀美術館がありました。
ホテルで朝食を済ませ、すぐ近くにある美術館へ
朝10時の開館時間に合わせ、一同、ぶらぶらと歩いて行きました。

つづく-----—。

  

さて、2日目の最後の訪問地は白川郷。
飛騨・高山と金沢を直線で結んだ中間に位置しています。


(平安さんのうしろ姿)

世界遺産になったためか中国からの観光客のツアールートになっているようで
ほとんどが中国の人達で溢れていました。
飛騨・高山もそうで観光客で賑わうことはいいことなんでしょうが
パリのフランス人が日本から観光客がわんさかやってきて感じるのと
同じような複雑な思いというのか、日本人も要約、ヨーロッパの国々の人達が
観光客をどんな思いで見ているのかわかるようになった気が-----–。

この白川郷へは川の上に架けられている1本の長いつり橋を渡って行きます。
手前に川が流れ、奥は山という地形からも
この集落がかなり防御的に配慮されていることから
平家の落人説も頷けます。

白川郷の民家は小屋組みをしない合掌造りという構造が有名で
柱材を人型に棟に向かって合わせて組むさす構造と呼ばれるものになっており
その結果、空間をいろいろな場に使うことができるため
柱材を水平につなぐ部材を階高に合わせ何段も設けることで養蚕業の仕事場や
材料置き場に使えるようになっています。


(入口上部見上げ、1階部分を1間置きに立つ柱と大きな梁によって固めています)


(1階内部梁見上げ)


(合掌造りの内部空間)

1層の2階梁上に合掌造りの柱が組まれているその足元は
よく見てみたのですが
どのように固定されているのかよくわかりませんでした。


(柱の先端が少し細くなっているので梁に差し込んでいるのかもと
 思うものの下の梁位置を見ると、梁上に置いているような状態にも見えます)

夕暮れの白川郷をバックに一同、記念撮影を行い金沢へ。

金沢市内の中心部にあるかなり立派なホテルに宿泊。

近くの魚を中心とした料理屋で大宴会となりましたが------大激論に—-。
ああー面白過ぎて報告できましぇーーん!

つづく-----—

      

昨年の11月にこのブログでご紹介しました「おやじ二人のお伊勢参り」ですが
その後、一緒に行ったI氏と会うたびに「オオイシ!なーんもいいことなか」
と言われます------。

心苦しく思いながらも—-あの時、妻に言われた
「あなた!神無月に伊勢神宮に行ってどうするの?」という言葉が響きます-----。
11月の神無月は伊勢神宮の神様がみんな出雲へ行っているということらしい-----。

それってほんとう?—-ウソやろうと思ってました-----。

でも、そ、そう言えば—ここのところ新たな仕事の話もないし-----

このままだとまずい。

もう一度、伊勢・志摩サミットが終わったら
自分だけで行こうかなあ—-と考えながらも毎日、神棚に向かい
新しい仕事、お願いします!!と拝んでいました-----。

すると—-来た、来た、来たあ!

4月から1か月ごとに1件が!

毎度、毎度のことですが今年も何とか心穏やかに年を越せそうで
仕事頑張ります!

I氏様! 神無月にも関わらず、ボクはご利益あったでー!