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2014.03.30

母の退院

日曜日のきょう、妻は仕事で
浜の町病院に入院している母の退院で朝より身支度を整え、
病院へ迎えに行って来ました。

タクシーへ乗り、行き先を告げると
「浜の町病院は見違えるほどきれいになりましたねー」と運転手さんより言われました。
妹さんが糖尿病で栄養指導を兼ねて2週間入院され
奥さんと見舞いに行かれたそうで
廊下も病室も広く、気持ちの良い病院になったと話されていました。
1階のパン屋さんもとてもおいしく人気があるとのこと。

母は昨年1月に移転前の浜の町病院に入院し、4月から7月まではリハビリのため転院
8月より新しい住まいで生活を始めましたが、9月に右足の甲にできた腫瘍切除で
2週間ほど入院、今年になり新しくなった浜の町病院に1月末に入院
結局、、昨年から4回の入退院を繰り返し
病院の治療のお陰で86才の高齢ながら、なんとか復活を遂げています。
でも足がだいぶ弱ってきました。
2年ぐらい前まではお友達と博多座へ芝居を観に行き、近くで食事をすることを
楽しみにしていましたが、そういう欲が無くなり、次第に足腰が弱ってきました。

日曜日の病院は正面玄関が開いていないため母を1階ホールに待たせ
時間外出入り口より表に回り、タクシーを拾って救急外来前に停めてもらい
母を乗せました。
桜の花は昨日くらいが満開で昨夜の雨で少し花びらが落ちているものの
途中、大手門に寄ってもらい、車の中より満開の桜の花を母に見せ帰宅。
(来年は車の中ではなく、桜の木の下に連れて来てあげたいと思う—-)

母は食欲は旺盛で病院からは今後、減塩食をするように言われていますが
せめて退院時くらいはおいしいものを食べさせて!と言われ
お寿司の出前を頼みました。

百道浜のテレビ西日本放送センターの1階に「まさ庄」という
出前をしてくれるお寿司屋さんがあり出前をしてくれる中では
かなりおいしい方だと思います。

2か月間病院食の後のお寿司の味は格別のようで
「ああーたまらん!」とつぶやいていました。

退院おめでとう!とふたりで日本酒で乾杯。

2014.03.27

下町ロケット

2011年度に直木賞を受賞した池井戸潤の「下町ロケット」が昨年末に文庫本になったようで
当アトリエのスタッフのマツオから面白いという話を聞き
妻もたまたま購入して読んでいたので、
貸してもらい読んだところ、とても面白く一気に読みました。

池井戸さんは昨年のTVドラマ「半沢直樹」でブレイクしましたが
4年前にNHKで放送されたドラマ「鉄の骨」(確かこのブログでも紹介)の作者だということを
本を読んで初めて作者経歴で知りました。
「鉄の骨」は建設業界のすさまじい談合の世界を小池鉄平扮する主人公を通し
描いており、大手ゼネコンの公共施設発注に関わる建築営業の実態を
赤裸々に描いていました。

この「下町ロケット」は、大阪の中小企業のオッチャン達が自分たちで衛星を作る
ストーリーかと勝手に思い込んでいましたが全く違って、
下町の中小企業が特許技術を巡り大企業との裁判でわたりあいながら
夢を追いかける「半沢直樹」的世界が描かれています。

主人公の夢を追いかける強さが周りの人々を様々な立場として浮かび上がらせ
絡み合って物語は進んでいきます。

大企業という組織における計算高い思惑やいやらしさ
中小企業における負け犬根性と現実重視の夢の無さ

主人公の夢は様々な困難や誘惑に翻弄されながらも、かれは決して諦めません。

お勧めです!

NHK朝の連続ドラマは、これまであまり見ない方だったのですが
「カーネーション」は初めて非常に面白く拝見したものの
「梅ちゃん先生」も観る気になれず(堀北真希は、ALWAYS三丁目の夕日のむつこ役だけが
大好き) 大ヒットした「あまちゃん」も途中で止めました。
(がちゃがちゃしててついていけない)

ところが「ごちそうさん」はずっと観つづけています。
生活における食文化が人生の中のシーンを彩るうえで
「食べる」という行為は
「生きる」という意味を持ち、根元的なものです。
このドラマは常にこれを起点として描かれ深く考えさせられます。

そうしたなか、戦争中における食に対する国家による統制は
ひしひしと戦争を通しての国家権力の怖さを感じさせ、
連続ドラマとして毎日毎日、我々の日々の生活と同時進行のように描かれることで
どんな戦争ドラマより戦争がもたらす恐怖を感じました。
そこで初めて連続ドラマとしての凄さを感じました。

毎回、背景として流れるクラシックのような選曲(東日本大震災復興ソング「花は咲く」の
作曲者菅野よう子氏による作曲です)は、
このドラマを格調高いものにもしていました。

その「ごちそうさん」が今週で終わります-----—-。

果たして悠太郎は、戦地から無事帰ってこれるのか-----死なないで欲しい!!

日曜日、ゴロゴロしていてもあっという間に時間が過ぎるだけなので
最近、心を入れ替えて、積極的に外に出ようと思っています!

そこで、今日は、北九州市小倉南区徳力新町で行われた
矢作昌生氏設計の「川を眺む家」のオープンハウスへ行って来ました。

矢作さんの住宅を見るのは2010年のイチマイノイエ以来なので5年ぶりになります。
南北に長い敷地に合わせ、二つの長方形をずらしたようなシンプルなプランながら
二つの箱のフロアを室ごとにレベル差を作り
スキップフロアによってエントランスから左回りにらせん状に上がって
空間が連続していく構成になっています。
川を眺めるための段階的に仕組まれた構成で、それを実現するために
冒険的なプランニングが行われています。

景色を眺めるためにただ開くという普通の在り方で解決するのではなく
違う切り口で新しいものを作っていくという姿勢は
方向性としてとても賛同したいと思います。

矢作さんありがとうございました!

春分の日で祭日の今日、西鉄グランドホテルで14時より行われた
福岡県美しいまちづくり賞 特別講演&受賞作品発表に行って来ました。

まちづくり賞の受賞作品を社会的に広く認知してもらい、
一般の方の意識を高めることは必要なことで5年前から特別講演とセットで行われています。

今回は、妹島和世氏に来て頂き、「建築と環境」というテーマで最初に講演がありました。
妹島さんの話しを直接聞くのは、福岡の若手の建築勉強会に呼んで以来であり
おそらく20年ぶりだと思います。
当時、妹島さんは有名ではありましたが再春館製薬女子寮で脚光を浴び
パチンコパーラーのコンペを取り、住宅を何軒か手掛けていた状況で
自分の悩みについて真摯に語られていたことを思い出します。

当時、まだボクは独立前で組織設計事務所に属しながらその勉強会に参加していました。
妹島さんはボクと同じ歳ですが、あれから20年の間に一気に世界的な建築家へと
駆け上がられました。
ここ5~6年の海外・国内プロジェクトについてとてもわかりやすく説明して頂きました。
 
講演での印象に残った言葉として

ローザンヌ・ラーニングセンター「床の起伏によって歩くことで自分の回りに場ができる」
                   「樹木を最後まで置けず、外部と内部がやはり切れている」

犬島プロジェクト         「古いものと新しいものがやわらかく混じり合う」

京都の町屋プロジェクト    「屋根の分解」

ルーブル・ランス         「景観との連続感のなかで建物を造る」
                   「アートと自分が混じる」

公共施設として外部からどのように内部へ引き込むかというテーマを
金沢21世紀美術館から求められ、
ラーニングセンターにおいて実現されているように思うのですが、
それでもさらに反省点として内と外との融合について考えられているようで
講演の場で反省点を述べられること自体、
妹島さんの誠実さはずっと変わっていないように思いました。

その後、休息を経てまちづくり賞の作品について審査委員長の工藤先生より紹介があり
住宅・一般建築分野のそれぞれ大賞作品について
設計者から20分間のプレゼンテーションが行なわれました。

住宅の大賞は当アトリエの元スタッフで西岡(笠置)梨夏さんの「Obi House」
一般建築の大賞は内田貴久氏の「筑紫保育園 分園」

二つの作品はどちらも構成的でありながら対称的であり、
「Obi House」はソフィスティケート、「筑紫保育園 分園」はストレートでした。
建築の本質はどうしてもストレートの方が明快でわかりやすく
ソフィスティケートは本質が見えにくい。

「Obi House」が学会主催の建築九州賞の最終審査で最後まで残りながら
柳瀬氏の「Koto House」に敗れたのは
その当たりの感覚だったのかなあと思いました。

ただ「Obi House」は、LIXILE主催のデザインコンテスト(昨年より32年続いた
INAXデザインコンテストとトステム設計コンテストが合体しました)において入賞しており、
他の入賞作品を見れば全国レベルとしての評価は非常に高いと思います。

http://newsrelease.lixil.co.jp/news/2014/070_company_0207_01.html

ふたりのプレゼンテーションを聞いていると突然、
頭の中に「建築の本質」という言葉が浮かびました。
この場合の本質は、あくまでその空間に身を置いて感じるものであって
コストや機能や背景ではない本質なのですが、
本質とは?という問いについて考えてみたくなりました。