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きょう金曜日は田島O PROJECTの定例打ち合わせ。

現場に行ってみると、大工さんが室内の天井に米杉を貼られているところでした。

開口部上部のカーテンボックスとの取り合いを見てみると、アレッ??
カーテンボックスは縁を見せず天井材の米杉を被せ小口を見せる納まりとし
米杉の板材の貼り方の始まりをカーテンボックスの端から貼るように現場監督との
打ち合わせにおいて指示をしていたのですが、板材が欠き込まれています。
ああショック!!
どうしてこうなっているのか聞いてみると

通常、板材は本実加工という端部が出っ張っている部分と、
それを挿し込むために引っ込んでいる部分に加工されており
(接着剤併用でこの部分に釘を打つため表面には止める金物が見えません)
大工さんがこの引っ込んでいる目地が見えないように切り落とした結果
板材のラインが通っていないということでした。
良かれと思われされたことで確かに一理あるのですが、
ボクとしてはこのまま見えても良いと思っていたのでもう少し目的も含め
話しておけば良かったと後悔しました。
現場監督とやり替える方法についていくつか話し合い、
一部、剥がして張り替えてもらうことにしました。

打ち合わせを行っている間になんとか指示通りの納まりとなりました。

小さなことで機能的にも何も問題はないのですが、
建物の美しさの精度を上げるためには
どうしてもこだわりがあるところであり
現場での設計者の監理というのは
こういう積み重ねが無数にあり難しい部分です。
したがって現場に迷惑を掛けないためにも、また後悔しないためにも
先を見据えた現場監督との十分な事前打ち合わせが必要です。

昨日、滋賀県の女性知事である嘉田氏が来月16日に予定されている
衆議院総選挙に向け、脱原発という国民の思いを受けるための受け皿として
また、いろいろな争点に埋没しつつある原発問題に対する関心を高めるため
新しい政党「日本未来の党」を立ち上げられ、
「卒原発」に力を結集させる行動を起こされました。

これまで、大飯原発の再稼働を巡り、
隣接県の知事として反対から一部稼働への承認という立場での
ニュースを通し初めて知った方でしたが
野田総理の安倍氏との党首討論においての突然の衆議院解散表明により
来月の総選挙までの時間がないなか、
国民からは、数多くのミニ政党の離合集散を冷ややかな目で見られながらも
ぎりぎりのタイミングでインパクトのある立ち上げをされたことに敬意を表したいと思います。

まず、これまで原発問題に対し反対の政党は「脱原発」という標語を抱えていたことに対し、
立場は反対であるものの現実的対応として段階的に原発を減らしていく
「卒原発」という標語を造られ過激なイデオロギーをソフトに切り替えていることに
時代の感覚を嗅ぎ取ったセンスの良さを感じます。
原発問題は経済問題だけで捉えるべきではなく国家の品格の問題であるという言葉は
明快でありながら段階的に減らしていくため方策を考えようという極めてまともな発言で
過激な人も、過激さを嫌う人も含め受け入れられる言葉ではないでしょうか。

また、誰もが居場所がある社会を造る「活女性・子ども」というスローガンも賛成。
人口減少問題も含め、女性の社会進出と結婚、子育てをサポートする国のシステムを
早急に造ってほしいと思います。この切実な問題は女性政治家が行わないと動きません。

消費増税の前に徹底した無駄を省く「脱増税」も賛成!
この小さな国に97か所の空港を造ったのはどこの政党でしょうか?
その政党が東日本震災を理由に国土強靭化計画として10年間にわたり
200兆円を投資するということをよくもまあ平気で言えるものだと思います。
国全体に莫大な借金があるため消費税を増税すると言っている財務省は
また、国民に対し莫大な借金を負わせるかもしれないこの計画に対し賛成なのでしょうか?

もう政党も官僚も御用学者もマスメディアも信用できません。
誰も信用できないなか、一票を投じるためにはもう1回、
人を信じて騙されてみるしかありません。

今回の嘉田氏の擁立は、小沢一郎氏の仕掛けによるとのことです。
これまで追い込まれていた政治家小沢一郎氏の面目躍如です。
これまでのやり方でまた自分は代表にならず裏方に徹して嘉田氏を
操ろうとするつもりかもしれません。
小沢氏はこれまでそうやって数多くの政治家を使い捨てにしてきました。
古くは、海部総理、羽田総理、鳩山総理、みなさん操り人形としてボロボロになりました。
嘉田さんはそういう歴史を知っていながら、あえて立ち上がり、
悪代官達を政治的にも資金的にも利用しながら
抑えていこうと考えているに違いない-----–と思いたい。

嘉田氏に馳せ参じているのは、ほとんど今度の総選挙で落選しそうな議員ばかりです。
「日本未来の党」はそういう人たちの最後の駆け込み寺になっていると言われています。
でも僕たちはこのどうしようもない人たちをうまく使って国民の声を代弁させ
官僚たちに対して毒には毒で制する必要があると思います。
清廉潔白で実行力のない人はもうこりごりです。
悪魔たちに祭り上げられた花ですが
しなやかでしぶとくしたたかだという人物評に期待したいと思います。

23日の勤労感謝の祭日と25日の日曜日に挟まれた本日、土曜日は
3連休でお休みのところもあると思います。
当アトリエもスタッフのマツオ、スミともに私用で休みでしたが
ボクは、田川T PROJECTの2階立ち上がり配筋検査で東京から来られた
構造設計の神野さんとともに田川の現場に行ってきました。

コンクリート棟は来週コンクリート打設後、屋上立ち上がりを打てば完了。
型枠を解体後、いよいよ鉄骨棟の上棟を行う予定。

帰りの空港への車の中では、二人とも現在の政治状況の関心が高いため
もっぱら政治のはなしで盛り上がりました。

2012.11.23

晩秋の京都へ

名古屋での講演のついでに京都に寄り、紅葉を観てきました。
3連休のため京都駅は凄い人出でロッカーはどこも空きが無く、荷物を持って回ることに。
以前から行きたかった大徳寺の高桐院へ。

石畳みのアプローチの両脇にはこけのじゅうたんの上に舞い降りた
色どり鮮やかなもみじの葉が。

大徳寺の境内は広大ですが比較的平坦な場所に位置し、
高桐院だけが鬱蒼とした緑に囲まれ
境内の数ある他家の菩提寺と比べても非常に繊細で、
細川家の菩提寺として建立した
武将ながら茶人でもあった細川忠興のセンスの良さを感じます。

その後、15年ぶり3度目の近くの金閣寺へ。

20代に見た時は、ただ金ぴかで一体どこがいいのか全く理解できず
40代の時は曇り空の下、金色の持つ妖しさのようなものを初めて感じ
今回は、もっとディテールに興味を持つ自分に気が付きました。
素晴らしい建築は年齢とともに深くなる自分の感性を気付かせてくれます。
それにしてもこの約90年後に銀閣寺が建立される訳ですが
ボクには14世紀に建てられた金閣寺の方が繊細で技巧的に見え
マニエリスムを取り入れた西洋建築における
16世紀のバロックにも通じるように感じました。
したがって、銀閣寺は日本人の持つ侘び・寂びによって成立しているのに対し
金閣寺の特異性に興味を惹かれます。

また金閣寺は3層構成の1層が寝殿造り風、2層が書院造り風、3層が仏殿風の
3種類の違う様式を積み重ねた構成となっており、
ローマ建築におけるコロッセウムも3層のアーチ部分の化粧柱のオーダーには
ギリシア神殿における古典様式である
ドーリス式、イオニア式、コリント式を1層ごとに使い分けてあるところと共通性を感じます。
何か人間には民族や時代を超え、様式を折衷することに対する
共通の意識又は美学のようなものがあるのかもしれません。
金閣寺はおそらく当時において、
ポストモダニズムに近い非常に斬新な建物であったに違いありません。

そこで次に銀閣寺へ。

銀閣寺は1時ごろだったためかとても凄い人出で、
建物をゆっくりと見れるような状況ではなく
むしろ庭園の紅葉のあまりの美しさに目を奪われました。
紅葉はどこよりも一番美しく
日本の晩秋が古人の風雅による自然を演出する努力によって
素晴らしい色彩のハーモニーの世界として彩られていることに感動しました。

京都駅を3時半出発のぞみに飛び乗り、6時半ごろ帰宅。

積水ハウスの中部地区設計コンクールに審査委員として招待され講演を行いました。
8月に中国地区での設計コンクール審査及び講演を行ったところ
大阪より来られていた設計部長より中部地区でのご依頼があり行うことになりました。

中部地区の設計者約200名の方々より選抜された
7名の候補者のプレゼンテーションの中から、
最優秀賞、優秀賞、建築家賞を選び、ボクの講演後、表彰式を行いました。
(写真は休憩時の会場で人が少なく見えますが約200名近くの設計部社員が集合)

先日、実家に寄り、仕事のはなしのなかで
今週末に名古屋で講演を行うことを母に話すとびっくりして
「あんた、なんばはなすと??」と言いながら
「あんた—-そんなこと-----できると??」と
心配そうに聞いてきます。

むかし、上がり症のため人前で話すのが苦手だったボクのことを知っているため
不思議に思いながらも心配になったのだと思います。
意外に思われるかもしれませんが、確かにいまだにスピーチは苦手です。
でも自分が手掛けている仕事の話ならば、
どんな方でも語ることができるのではないでしょうか?

ボクの場合、コーディネーターやフィニッシングスクールなどの学校や大学など
場数を踏ませてもらったことで何とか話すことができるようになったのかもしれません。

懇親会後、役員の方と入賞者のメンバーで
近くの名古屋の「銀巴里」と言われるシャンソンバーへ。
ワインを飲みながら生のシャンソンを聴かせていただき、おいしいお酒となりました。
越路吹雪の「人生は過ぎゆく」をお客の名前を呼びながら歌われると
なんだかこちらの中の奥にあるものが熱くなるような-----–

好きよ、好き、好きよ、好きよ、元気だった和彦さん?
好きよ、好きよ、好き、すきよ、待っていたの

好きよ、好きよ、好きよ--------------------------
うれしいわ-----–好きよ、好き、---------------

♪♪人生は過ぎゆく、恋も去りゆく、ラ ブィ サンバ♪♪  ラ ブィ サンバ♪♪

みなさんお疲れ様でした。