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福岡は、ここ数日ずっと雨。
寒さも戻り、今日は雨と寒さで嫌な日ですがこんな時、
さてランチをどうするか迷うところです。
あまり、遠くにも行きたくないし、麺類ばかり続くのも飽きたし。
それに久しぶりに洋食を食べたい気分になりました。
そんななかで凄くおいしいランチがあるのが、西新商店街通りに面する店の
「NORYNO」

きょうは、シーフード入りペンネグラタンのプレートランチ
少し寒い日にはピッタリで早速、入りました。

ここのプレートランチはどれもおいしく、西新にはなかなか無いお店です。
選べる飲み物がついて950円と少し高いですが、店内はいつも女性客でいっぱいです。

インテリアは南フランスの田舎家風の造りでさりげなく気が利いています。

大皿にタルトと野菜とポテトフライ、フランスパン、右側のカップにグラタン
体も温まりしあわせな気分でアトリエに戻りました。

2010.03.21

鹿児島へ


きょう、日曜日は晴天に恵まれ、気持ちの良い日でしたが
朝の6時に起き、7時半にアトリエを出て博多駅で待ち合わせをした
スタッフのアリヨシとともに鹿児島へ。

現在、博多~鹿児島間は新幹線が全線開通していないため、八代での乗換えで
2時間18分ほどかかっていますが、1年後の全線開通時には1時間15分と
大幅に短縮される予定です。
今後、熊本も含め仕事の範囲が拡大する可能性があると思います。

10時30分に鹿児島中央駅に到着。
車で敷地に移動して現地でクライアントにお会いしました。
3階から4階建てのオフィスビルの計画です。
たまたま、きょうがクライアントの誕生日ということもあり
縁起が良いということで、誕生パーティーを兼ねて昼食をご一緒にさせてもらいました。
夕方よりオープンのご友人のイタリアンレストランで
昼間より貸切状態のなか、外の陽光を受けるコーナーでの食事は
とても気持ちの良いものでした。
お酒もまわり、初対面にもかかわらず楽しい食事でした。
鹿大出身のアリヨシを連れて行って、話が盛り上がり正解でした。
このプロジェクトをご紹介していただいたAさん及びクライアントのSさま
どうも有難うございました。

今後、敷地における20台の駐車スペースとトラックの出入及びエントランスとの関係
について何案かのスケッチをラフな状態で行い、構成の方向性をクライアントと
打ち合わせをしながら絞りたいと思っています。


鹿児島中央駅内には鹿児島の焼酎だけを専門に売っているお店がありました。
数多くの銘柄が置いてあり、次回、立ち寄って何か買って帰ろうと思います。

19時に帰福。

先日の3人の高校の同期生による
福岡県美しいまちづくり賞同時受賞に対し、高校の同窓会の有志による
お祝い会が昨日、六本松の和食の店でありました。
同じ日に、受賞されたクライアントからもご招待を受けていたのですが
同窓会の方が先約でしたので、事情を理解していただき
工務店とプロトハウスさんをご招待されてのお祝いをされたと思います。
ボクと担当のフジヤマはまた改めてセッティングしていただけるようで有難く思っています。

竹中の吉田くんが会社からプロジェクターを持ってきて
3人それぞれがわかりやすく説明をしましたので、有志の皆さんにも
理解しやすかったと思います。
3人の賞が掲載されているまちづくり賞のパンフレットも
手回しよく、県庁に勤務されているIくんが全員分持って来ており
段取りの良さはさすが同窓生だと思いました。

高校の同窓生の集まりは5年ぶりで、50代になってもいまだに
男子クラス3年の呪縛から逃れられないのか、きれいな女性の方々を前にすると
緊張してうまく話せません。
最後に、国際的な書道展でも活躍されている書家の吉本翔風さんが書かれた
「寿」という字を5つに崩して書き並べたブックカバーを記念に戴き
本当に嬉しく思うとともに書の世界の幽玄自在な抽象性と奥深さを感じました。

同窓生のみなさんありがとうございました。

いつも現場で目にする仮設トイレ。

現場で作業をされる方たちにとっては必需品ですが
設計監理者であるボクたちもお世話になることもあります。

ボクはここで止むに止まれず----------、大を-----—したこともあります。

が、うちのアトリエの女性スタッフでさすがにお世話になった人間はいません。
この仮設トイレを女性が使用するにはそれなりの覚悟と勇気がいるのです!
----------と思います。

女性で仮設トイレを使用した猛者は果たしているでしょうか?

どうでもいいことですが使用したことのある女性がいたら、どんな人か興味があります。
きっと凄く男性的か、もしくは事前にそういうことにならないように考えていない
大らかな人か、そのどちらかと思うのですが-----—-。

きのう、自宅で昔の建築の本を読んでいる中で
隈研吾が2001年に語ったインタビューにおいて的確な指摘をしていた
記述がありましたのでご紹介。

最近の若い建築家は、戦後の建築家が取ってきたスタンスとは随分、違うと思います。
雑誌に作品を発表して最終的な形態で競うのが西洋的な建築家の情報発信の仕方
だとしたら、いまは普通さを競っていて、作家同士の違いもほとんどない。
むしろ個人的形態を「ダサい」と思い始めているので、グループ、いわゆる、
ユニット派が成立する。
ユニット派はまさに俳句みたいなものですよね。
微妙な差異はあるけれども、基本的にほとんど同じトーンのものをグループで
つくるわけで、そういうつくり方がこれから間違いなく主流になるでしょう。

情報化社会では情報の密度がものすごく濃くなります。
世界全体がムラ化すると、わずかな差異をみんなが認め合い、そこに価値を見いだす。
それを情報で何倍も増幅しながら楽しむような俳句的つくり方が、
建築の世界で広まっていくでしょう。

(このあたりの捉え方が昨年の木村松本氏のオープンハウスでボク自身が感じたことと
同じような気がするのですが-----—-。2001年の段階ですでに予見されている
ところが凄いと思います。)

情報の密度が濃いムラ社会をどう泳ぐかが各人に求められるわけです。
メディアもたくさんあって、情報要素が多元的になると、リアクションの取り方も
以前の雑誌社会とは違ってきます。
建築家の社会とのかかわり方のスタンスにも、もっと多様性が出る予感がします。
既に、建て売り住宅をやったり、建材をネットで販売する会社を始めたり、
リノベーションに特化している人が出ていますね。
こういう多様性は昔の建築界では考えられませんでした。
昔は雑誌で注目を集めるような建築家になるためのルートは限られていて、
なにかコンペを取って話題作を提供し、雑誌に取り上げられていくという道しか
ありませんでしたが、そのルート自身が相対化し拡散しています。
その意味で各人は自由になったが、雑誌の側から見ると、雑誌の影響力が落ちて
困っている状況のような気がします。

中略

安藤忠雄さんは複数のメディアと付き合っていますが、安藤さんの場合は
安藤ブランドの作品が各メディアに顔を出します。
一つのブランドの「作品」を建てることで社会とかかわるのが安藤さん以上の世代
だとしたら、僕はメディアとはいろんな接点がつくれると思っています。
ブランドを確立する必要はありません。
自分のブランドがないと何もしたことにならないという在来型の建築家のかかわり方だと
社会と接点が持てないという以上に、無用の存在になる危険すらあります。

中略

建築をやっている人間は、社会と多様な回路を持てる頭脳構造をしていると思います。
ギリシャの時代から、建築家はいろんな技術の統合者だと言われてきました。
ところが、作品を発表する形でしか社会と回路を持てなくなってしまった。
奇妙な格好の建築を発表して自己主張する変な人たちだ、
と思われるまでになってしまった。それが20世紀だったのではないでしょうか。
21世紀は、レムみたいに世界的な資本と対峙するような派手なことをやる人も出るし、
草の根的なネットで情報を発信する人もたくさん出るでしょう。
一見、派手な人も、一見、地味な人もチャンスは同じだと思います。
建築家はいろんな回路で社会とかかわれる人たちだということを
もう一度、社会に発信して建築の名誉を回復しなければなりません。

(福岡の若手建築家からよく聞く社会性という問題も過去や現在における批判を
明確にされると問題提起の共有ができると思うのですが-----—。)