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NHKのプロフェッショナルー仕事の流儀が面白い。
きのうの22時より、プロフェッショナルを見ました。
毎回、いろんな分野のスペシャリストを招き、司会者である脳科学者の茂木健一郎が
突っ込みます。
建築家では、以前、隈研吾が紹介されました。
昨日は、司会者である茂木健一郎にスポットを当て、短時間で記憶する方法や、
集中力を増す方法など興味深い話がありましたが、大きな声を出して憶えることで
聴覚を通して脳に伝わり、それを次に手を使って書くことで情報が記憶されすく
なることなどかつて自分がやっていたことを脳科学的に説明され、とても納得がいきました。

茂木さんも自分の研究を進めていくためには、手伝ってもらうスタッフの人材育成が重要だと
いうことを認識されており、スタッフの力を伸ばすためにはとにかくホメルことが
大事であることを強調されていました。
しかも、脳科学的にはその場でタイミングよくホメルことが、相手の脳にやる気と
自信を与え、大きく力を伸ばす刺激になるそうです。

「出た!それ、それ!いいねー!それもっと掘り下げれば、君すごいよ」
「いやー、ボクもそう思っていたけどやられたー!いいね!いいね!」-----–などなど。

難しいですね。
スタッフのどうでもいい質問など、ついバカか!と言ってしまいがちなのに-----—。
どう褒めればいいのか------。
そこは、言い方、持って行き方のアイデアが必要で、感情的になる前に、
少し考えないといけないのかもしれません。

みなさん!スタッフや学生をどんどんほめましょう!

2008.04.29

昭和の日

きょうは、旧天皇誕生日、現在は昭和の日という祭日です。
私の方は、午前中、担当のヒラノとともに輝国のSLIDING HOUSEの施主ご夫妻と
基本設計の打ち合わせ。
午後、担当のフジヤマとともにI PROJECTの施主との打ち合わせで田川へ行って来ました。
みなさん、こちらの都合で2~3週間、打ち合せを延ばさせていただき、
申し訳ありませんでした。

ところで、最近、戦後の昭和という時代をノスタルジックに捉えることが流行っていますが、
戦後の昭和に生まれ、30年近く生きて来たものとして感じるのは、
いま、みんなが懐かしく感じている時代は、戦後の昭和20年から40年ぐらいまでだと
思います。その時代は、猛スピードで世の中が大きく変わっていった時代で
東京タワーが立ち、東京オリンピックが開催されるまでが一つの節目だった
のではないかと思います。
力道山のレスリングの試合を茶の間の白黒テレビで祖母を含めた家族全員で観戦し、
血だらけになった力道山をしつこく痛めつける悪役レスラーに、本気になって憤慨し
大声をあげていました。
ミステリーゾーンも子供ながら大変怖い思いをしながらも興味津々で見ていました。

まだ、家族が核家族化しておらず、満州で捕虜になった父が、モスクワに抑留され
戦争が終わった数年後に帰国、抑留中に父親がなくなった一家を、長男として
母親や弟、妹たちの生活の面倒を見るために引き取り、その後に生まれた
私の周りには、たくさんのおじやおばたちが一緒に住み、学校に通っていました。

当時、父の会社の社宅が高宮にでき、白金の戸建から移りました。
コンクリートの3階建てのそのアパートは3DKの狭い間取りでしたが、
何かとても明るく輝いているように見えました。
北側にある4畳半の茶の間兼寝室の重たいスチール製のアミ入りガラスの窓からは、
ムーンライトホテルという円形の変わったホテル(ラブホテル?)越しに
遠く中洲のネオンが華やかに輝いているのが見えました。
あーーやっぱり、あの時代は私もとても懐かしく感じます。

その後の40年以降、あまり大きな変化は、あの時代ほどは感じなくて、
急激な時代の変化が一段落したからかもしれません。
みなさんは、昭和の時代っていつ頃が懐かしいでしょうか?


昨日の福岡デザイニング展の一環として行なわれたトークイベントに平行して
プロトハウスギャラリーでは、与えられたキャンバスを使用して
「ON」というテーマを意識したコンセプトモデルの展示が
14人の建築家によって行なわれています。
333mm×241mmのキャンバスをどう捉えるのか?
ONというテーマに対する解釈、
今回の展示は、その考え方についてスタッフ同志でディスカッションさせましたが
誰を対象とするかについても明確でなかったところに迷いがあったようでした。

それで、私の方でプロトハウスから投げかけられたテーマに対し、建築に興味を持つ
不特定多数(学生や建築を志している方達)の人々へ打ち返すことの指示をしました。

投げつけた相手に具体的かつ現実的目的がない以上、見えない相手には
抽象的方法で打ち返すことで良いと判断しました。

キャンバスは、布をしっかり張るために木フレームの下地が回り、
その下地の厚みが厚さとなって板(プレート)になっています。
この布に切り込みを入れ、厚みを利用した深さを、作ることにしました。

プレートを敷地と見立てることも可能ですし、無条件の状態と見立てることもできます。
そこには、12個の様々な形の切り込みが入れられ、個別の敷地だったり、
個別の条件、制約としての枠組みだったりします。これをシチュエーションと呼びます。

そこへ、その通りにぴったりと当てはめることは簡単なことですが、
もっと別な入れ方、はみ出し方、条件における解釈の仕方をあれこれと考え
形作っていくことがデザインだと思っています。

デザインという行為は、想定通りでは面白くなく、意外な関係性の導き出し方が重要
です。すべてを鏡面にした模型は、頭では捉えれない複雑な関係性を
作り出し、そこに思いがけないヒントが隠されているということを表わしています。

以上、これを考えたスタッフに代わっての説明でした。

きのうは、25日から始まっているデザイニング展の一環として赤坂の
プロトハウスギャラリーで柳瀬真澄、松山将勝、大石和彦の
三人の建築家によるプロトハウス主催のトークイベントが行われました。

好きな映画についての質問やアーチストで何も条件がないならば、
どのようなものを作りたいか?
逆に施工者や施主からの強い制約がある場合、どのようなものを作りたいか?
建築を始めるきっかけは?
原風景と建築との相関関係
和の捉え方ついて
インターネットについて
素材に対する考え方
計画におけるインテリアと外観の思考順序について
などなど缶ビールを飲みながらのあっという間の2時間でした。
三人の建築に対する差異が明確に出たトークイベントになったと思います。

それにしても、独立して13年、これまで柳瀬さんの存在を組織設計事務所に
いる頃からずっとまぶしく見てきて、目標でもあった方とささやかなトークイベント
の場でしたが、ご一緒にさせていただけることに感慨深いものを感じました。
 
柳瀬事務所を卒業した若手の建築家たちも、たくさんトークイベントに参加され、
福岡で23年間、アトリエ系事務所として堂々たる実績を積んでこられた
歴史を感じました。
私も優秀な弟子たちに囲まれるようにがんばって行きたいと思います。

松山さんは、10年前に独立された時から未完のプロジェクトを通して注目していた
若手建築家で、ぜったい表舞台に出てくると思っていました。
形態の操作が図抜けて上手く、かっこいい建物を次から次へと作り出し
大活躍されています。まだ若くこれから更なる活躍が期待され羨ましく思います。

トークイベント終了後、プロトの桑原ご夫妻と若手建築家とわれわれ三人で
飲みに行き、ライターマンも途中参加してすごく楽しい一夜になりました。
最後の三次会まで付き合い、自宅に帰ったのは午前3時でした。
あーー面白かった!
みなさんお疲れ様でした。

2008.04.25

中間領域

これまで、住宅における気持ち良さの一つとして、内部のような外部
もしくは外部のような内部、すなわち中間領域を作ることを
試してきました。
中間領域は、日本の伝統的家屋の構成要素である、軒や縁側のようなもの
を現代的住まいの新しい形態に取り入れれば実現可能ですが、
もっと他の方法論によって様々な中間領域の形成ができないか、
または、中間領域の形成が建物の構成コンセプトになっているような方法で
提案できないかと考えていました。
最近、取り組んでいるプロジェクトでその可能性を感じています。

アトリエでは、いままで住宅をもっと構成的に捉え直し、その方法についての経験を積み上げて
きましたが、しばらく、そのやり方を中間領域という命題に絞り込めないかとも考えています。
また、自然現象の抽象化についてもNKSアーキテクツの末廣さんが
現象の凍結は可能か?と ブログで述べられておられるように私も非常に関心を
持っていますが、どうしても表層による仕掛けで終わってしまい、なかなかうまく行かない
ような気がして、トライしていませんでした。
現象の凍結を構成コンセプトまで持っていくことができれば突破できるのですが------。
これまでの構成的な経験を踏まえ、これも是非トライしてみたいと思っています。